指導者が自分の考えを一方的に語るのは自己満足でしかないと古賀氏は言う。主役は試合に出場する選手であって指導者ではない。指導者が聞く姿勢を持つことで、その関係性が逆転する。それを吉村氏から学んだのだ。ただ、この問いかけもタイミングが重要だという。
「のべつ口にしていたら“また言ってるよ、面倒くせえな、どうしたオジサン”って思われるだけです(笑)。言うのはいつもと様子が違うときです」
表情が暗かったり練習で覇気が感じられなかったり。そうした異変を察知するために普段から選手のことを観察し、個性を知ったうえで問いかけた。
これに加えて、先に褒めることも常に意識したそうだ。
「選手本人が気づいていない部分を見つけて褒めるようにしていました。強みにしている技などは褒められ慣れているから、評価してもそれほど響かない。たとえば“おまえの笑顔はチームを明るくするよな”とか“元気一杯のかけ声を聞くと、こっちも気合が入るぞ”とか。自分のことをしっかり見てくれている、と思ってもらったところで発する“どうした?”がいいんです。褒めることと選手の話を聞くことはワンセットだと思います」
現在は、自ら運営する古賀塾で後進の育成を行っているが、この指導スタイルは今の若者にも通用するという。
「私の少年時代は上からものを言って従わせる指導者ばかりでしたし、教わる側もそれが当たり前と思っていたから指導が成立したのでしょう。でも、今の子どもたちに、そのやり方では通用しません」
こう語る古賀氏だが、コーチ時代、五輪の舞台に立つ選手には、自らを奮い立たせた決心の話もし、「練習でやってきたことを出せばいいから」と言って送り出したという。「勝利がすべてなのではない。勝利に向かって努力することがすべてなのだ」と古賀氏は言う。選手との信頼関係があれば、若い選手たちもコーチの言葉を受け止めるのだ。
アテネ五輪で柔道女子日本代表チームは、7階級あるなか、金5個、銀1個のメダルを獲得する快挙を成し遂げた。選手に寄り添い、信頼関係を築く指導が好結果を生んだといえる。
答えはすべて選手のなかにある
メジャーリーガーなど数多くのアスリートのトレーナーを務め、最先端をいくアメリカのコーチングにも詳しい森本貴義氏が指導者が語る言葉について解説してくれた。
「良いコーチングというのは、選手から答えを引き出すことなんです。試合で戦うのは選手、目標を定め勝つために厳しい練習をするのも選手、その道を歩む決断をするのも選手、解答はすべて選手のなかにあります。アメリカでは選手から答えを引き出すためのコーチング理論があり、多くの指導者が学び現場で実践しています」
メダリストを生んだ指導者は、もともとその能力を備えており、指導に生かされていると森本氏は見ている。