今でも続く「川崎事件」の余波
この川崎の事件報道によって、拭いがたいスティグマを貼りつけられてしまった結果、ひきこもり界は、恐怖や不安感のイメージが植え込まれ、その後の練馬の元事務次官事件などのきっかけにつながった。「行政に頼んでも当てにならない」「だから、自分たちに任せなさい」という“引き出しビジネス”目的の暴力的支援業者も、親の不安な心理につけ込んで営業活動を活発化させるなどして台頭し、今でも余波が続いている。
メディアやSNSでは、「死ぬならひとりで死ね」「不良品」「モンスター予備軍」「無敵の人」などと無神経な発言が流布されていった。本当のモンスターは、公共の電波を使って、憎しみを振りまいた人たちだったのではないか。
本当にモンスター化したのは、いったいどっちだったのか。いずれにしても、こうして世間の敵意が“ひきこもり”に向けられたことによって、現場の教訓としておろしていかなればいけない真実が、うやむやになってしまったのである。
報道に怯える当事者たちから相談が殺到
連日続いた「ひきこもりバッシング」報道の影響は、全国の家族会や当事者の自助会などにも押し寄せた。
筆者が理事として所属する、ひきこもり家族会唯一の全国組織、NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(以下、KHJ家族会)の本部には、メディアの大々的な報道以降、朝から夜まで一日中、電話が鳴りやまなかった。キャッチホンにかかっているのがわかっていながら、取れない電話が何本もあった。
主に家族と本人からの電話が多く、その割合は、7対3くらい。家族からは、「うちの子も同じような事件を起こすのではないか」「自分に攻撃の矛先が向くのではないか」「もう限界」「行政に相談しても何もしてくれなかった」といったものまで、切羽詰まった内容が多かった。
これに対し、本人からは「周囲の目線が怖い」「ひきこもりというだけで、(周りから)事件を起こすと見られている」「ますます外に出られない」「居場所の情報を知りたい」など、全体的に事件が起きる前の相談件数に比べて、数十倍にも増えた。
また、そうした家族や本人たちからの相談の合間には、メディアからの取材依頼や問い合わせも入った。メディア対応は、途中から筆者が引き受けるようにしたものの、家族会本部のスタッフたちは日常業務がまったくできない状態に陥った。
誰にも相談できずに孤立していた当事者家族
同じような状況は、全国の家族会支部でも見られたようだ。中には、「(ひきこもる子の存在が)ストレス。顔も見たくない。早く支援団体に連れ出してほしい」などと焦る家族もいて、スタッフが「本人から恨まれるだけで逆効果だから」と、何とか思いとどまらせる場面もあった。