「ひきこもり」に向けられた敵意

この幼い子どもたちの命が犠牲になった痛ましい事件は、世間を震撼させた。だが、容疑者はすでに死亡しており、事件発生当時から今まで、その詳しい動機などはわかっていない。しかし、翌29日、川崎市が行った会見によって、このような事件が起こるに至った真相は、まったく違う文脈でメディアに拡散されることになる。

川崎市の精神保健福祉センターは、容疑者は長い間就労もせず、外出もほとんどしない生活を送っており、少なくとも10年以上は「ひきこもり傾向」だったと、会見で発表したのだ。

容疑者は80代の伯父と伯母と3人で暮らしていたが、ほとんど会話もしない生活が続いていた。この3人の関係に、特別な問題があったわけではなかったが、80代の伯父と伯母、50代の収入のない甥の同居する「8050世帯」だったのである。さらに市は、「容疑者が伯父や伯母からお小遣いをもらっていた」ことなども発表した。

伯父と伯母は、自宅に訪問介護サービスの職員などが入った際のトラブルなどを心配し、市に相談。相談は、2017年11月から2019年の1月までの間に、計14回にも及んだ。2018年6月から訪問介護のサービスが開始され、自宅に訪問介護の職員が入るようになったものの、そのこと自体で、とくに容疑者との間に大きなトラブルが起こることはなく、介護の問題は解決したという。

敵意を煽る「ネット」「新聞」「テレビ」

しかし、その後、伯父と伯母は市のアドバイスで、自立を促すような手紙を書いて2019年1月に2回、容疑者に渡した。詳細な内容は公表されていないが、容疑者は、手紙を渡された数日後に「自立しているじゃないか」「食事や洗濯、買い物を自分でやっているのに、ひきこもりとはなんだ」「好きで、この暮らしを選んでいる」といったような趣旨の反論をしたという。

川崎市がこのように「容疑者が長年就労せず、ひきこもり傾向にあった」という趣旨の会見をした直後から、筆者の元にはメディアから、「容疑者がひきこもりだった」ことに対するコメントを求める問い合わせが殺到した。

もちろん、会見直後の時点では何の情報もなく、容疑者の事情も背景もよくわからなかったことから、一般的な見解として「ひきこもりとは、社会で傷つけられて安全な居場所である家などに待避している状態であり、理由もなく外に出て行って事件を起こすことは考えにくい」という話を繰り返すしかなかった。

しかし、市の会見後、ネット上には「ひきこもりが起こした凶悪事件」という見出しのニュースが流れ、テレビや新聞なども同様に取り上げたことから、世間の敵意は「この容疑者がなぜ犯罪を起こしたのか」を考えることではなく、「ひきこもり」に向けられていった。