正確に分析したわけではないものの、特徴的だったのは、こうして電話してきた人のほぼすべてが、初めて電話をかけてきた人たちで、誰にも相談できずに孤立していた。そこで、家族会や家族のつくる居場所などに来て、「自分1人ではない」ことを感じてもらい、同じような経験をしてきた当事者家族の情報などもたくさん聞けば、参考になることもたくさんあるなどと伝えた。
ウラを返せば、家族会の会員たちは、日頃から同じ家族どうしでつながりがあるせいか、事件に対しても比較的冷静に受け止めていたようである。
メディアの「ストーリーありき」に辟易した
元事務次官の事件の背景には、家庭内暴力があったという。一連の事件以降、「どうしてひきこもりの人は暴力を振るうのか?」と、ひきこもっている人は暴力を振るうことが前提であるかのように、執拗に聞いてくるメディアもあった。
筆者は「ひきこもる人の心の特性は、本来、暴力や争いとは程遠いタイプ」と、そのたびに説明に追われた。それでも、ストーリーありきで「ひきこもり」と「暴力」のメカニズムを執拗に聞きたがるメディアもあって、辟易した。
エビデンスを見ても、ひきこもり状態にある人すべてが、家庭内暴力を起こすわけでない。宮崎大学教育学部の境泉洋准教授が、2017年度にKHJ家族会の各支部を通じて調査したデータがある。それによると、現在、ひきこもり状態の子がいる家庭のうち、家庭内暴力があると答えた家族は544人のうち18人で、わずか3.3%に過ぎなかった。
過去に暴力を受けたことがあると答えた家族を含めても123人で、全体で22.6%。家族会の会員が対象ということで、孤立した家族よりも少なめなのかもしれないが、それでもデータ上は、そう多くはない。こうした調査に基づくデータがあるにもかかわらず、メディアでは「ひきこもり=家庭内暴力」という一面的な見方を基にした図式で流布されてしまうのが現状だ。
ひきこもりになった元正社員男性の苦悩
一連の事件の後に開催されたKHJ家族会のイベントでも、事件報道に胸を痛める当事者たちの声が多く聞かれた。2019年6月9日、「KHJ家族会北海道『はまなす』」が、たまたま事件とは関係なく企画していた「ひきこもり8050問題と命の危機予防を考える」というテーマの学習会を開いた。
偶然とはいえ、筆者はメディアから追いかけ回されていた時期であり、あまりにタイムリーなタイミングでの「8050問題」のイベント企画に、会場は椅子が足りなくなるくらい参加者が詰めかけ、メディアも多く集まった。