5月病? プロジェクトの前進が止まる
こうして4月が終わった。
ところが5月に入り、具体的なことを決めていく段階になって、なぜかバンドのメンバーたちの話し合いが空転し始め、前に進まなくなった。
チケット料金、オリジナルグッズ……皆が自分の思いを述べ合うだけで、意見は収束しない。何も決まらないなかで、ライブの期日は刻々と迫ってくる。
5人のあいだの空気は冷え込み、「バンドから抜けたい」と言い出すメンバーまで現れた。ここに至って彼女たちはバンドの運営のやり方を変えた。
やはり、リーダーが必要だ。
それまでは、皆が言いたいことを言い合って、全員一致で前に進むというやり方だった。しかし、このやり方を続けていては、8月のライブイベントに間に合わせることは無理だと気づいた。運営のリーダーを決めることになった。
話し合いのすえ、蒼がこのリーダー役を引き受けることになった。
蒼は重たい気分で家路についた。一縷の望みは母親の知子だった。
ライブの帰趨を決めた1枚のメモ
蒼の母水野知子は、会社で会計関係の仕事をしながら、夜間と土曜日の時間を活用して神戸大学MBAに通学していた。だから何かよい助言がもらえるかもしれないと思ったのだ。蒼の悩みは、高校生バンドの夏のライブの運営をめぐる問題だった。
知子はリビングルームで、試験勉強中だった。神戸大学MBAではコア科目の最終回に試験が行われる。全員合格とはならない厳しい関門である。表面的な暗記では太刀打ちできない、実践的な理論の活用力が問われる試験だと、MBA生たちの間では噂されていた。
知子はこの試験を前に、マーケティングの要点をメモにまとめ、頭の整理をしていた。蒼はそのパソコンを横からのぞき込んだ。
「あれっ」。蒼はこれが何か使えるような気がした。
「これ、もらえない?」
母のメモをプリントアウトしてもらった。
どうなったら成功かこそが目標
プリントアウトされたメモの冒頭には「マネジリアル・マーケティングの作業フロー」と書かれていた。企業が新商品や新サービスを導入したり、開始したりしようとする際の企画の基本手順だという。
「この手順で夏フェスの企画を進めればいいのか」
蒼はその先を読み進めた。
「目標」という文字が目に飛び込んできた。
「夏フェスをやりたい、と思っているんだけど、それではダメなの」
「夏フェスが、どうなったら成功といえるかを考えてみて。それが目標」と、知子が助言した。
すぐに考えがまとまったわけではない。でもメモに沿って思いを巡らすことで、何か少し気持ちが落ち着いた。
「あっ、もう遅い。寝ないと」