「インプットが足りない」と言われて

確かに、漫画で笑いを表現するのは難しい。ただ、僕がやりたかったのは、読者をネタで笑わせることではなくて、昔から憧れていた芸人の人間ドラマを描くことだったので、自信はありました。

でも、今にして思えば、やっぱり、あのタイミングでやらなくて良かったです。当時はまだ30歳と若く、『べしゃり暮らし』の世界観を描くのは無理でしたし、物語の柱になるM-1も、まだ始まる前でした。『べしゃり暮らし』は、M-1という、主人公たちが目指す目標がちゃんとあったからこそ描けた話ではありますね。それに、当時は芸人さんたちの取材もできていませんでした。

僕は高校を卒業してすぐ漫画の世界に入ったので、この世界のことしか知りませんし、仕事ばかりであまり外にも出ません。新人編集者に「先生はインプットが足りないからなあ」と言われたことがあるくらいです。『ろくでなしBLUES』や『ROOKIES』は高校時代の経験と想像だけで描いていましたけど、『べしゃり暮らし』はお笑いの世界のリアルな話なので、芸人さんや吉本興業の養成所(NSC)などを取材させてもらいました。

撮影=西田 香織

漫画と漫才のネタの面白さはちがう

また、別の新人編集者からは、他の人が描いたお笑いの漫画を読むように言われたんですけど、僕はすごく影響を受けやすいんで、読まないようにしました。編集者には「それじゃあ先生、伸びませんよ」と言われましたけど。

ろくでなしBLUES』を描いていた頃、大人気だった漫画『ビー・バップ・ハイスクール』(きうちかずひろ作)を読んで影響を受けてしまったことがありました。それだけに、他の人の本や漫画を読むよりも、芸人さんたちから直接話を聞きたかったんです。

実際に芸人さんたちとお付き合いをさせていただいて、芸人さん同士の接し方や、先輩後輩の付き合い方などがよくわかりました。例えば、『べしゃり暮らし』の中で、デジきんの金本が後輩にたばこを買ってこさせて、そのおつりを後輩にあげるシーンが出てきますが、あれも実際にあったことをもとに描いています。

漫画と漫才のネタを比べると、どちらも起承転結があって、似た部分はあると思います。でも、実際の漫才は、ネタだけじゃなくて、芸人さんのキャラクターであったり、声の張り方であったり、間であったり、それら全てが組み合わされて面白くなっていると思うので、漫画の中で、ネタだけで面白くするのは難しいですね。