部屋に入るなり、頭が「きーんって痛い」
「何か感じる?」
「うん、頭痛い」
週末、水野が春日部コートにやってきた。誘えばすぐに来てくれるあたり、やっぱり水野だ。
湯呑みのお茶を一気に飲み干し、そしてまた次も一気飲み。おもしろい子だな。
「真由美ちゃん、久しぶりね。あ、かわいい赤ちゃん、こんにちは」
「ありがとう」
真由美はぎこちない笑顔で応対している。が、しばらく昔話をしているうちに「なんかお菓子用意するね」とキッチンに逃げ込んでしまった。どうにもウマが合わないようだ。
では本題に入ろう。
「このマンションって何か感じる?」
「うん、頭痛い」
いきなりそう来るか! お前、さっき入ってきたばっかじゃん。
「頭? マジで?」
「うん、きーんって痛い」
水野よ、ホントなのか。ていうか、いつも痛いんじゃないのかよ。
「そうですね、うん。もうちょっとしたら帰ります」
「え、誰としゃべってんの?」
「建部くん」
「だよな」
「うん」
なんだこれ、何が起きてんだ。元々がおかしな子だけに判断つかないぞ。
「もう帰るの?」
「ちょっと疲れました」
水野はテーブルのお菓子に手をつけずに、そそくさと帰ってしまった。20分もいなかったんじゃないのか。
謎の頭痛。急に登場した「ですます」調。その理由を探ってみたい気は山々なのだが、なぜか水野は今も電話に出てくれない。
事故物件から無事退去した「その後」
連載が終了してからも、オレたち一家はしばらくの間(1年半ほど)、春日部コートでの暮らしを続けた。単純に金がないので引っ越せなかったなどといった些末な理由もあるのだが、今思えば、もはやオレらは「オカシなことばかり起こる部屋に住む」ということに麻痺していたのだろう。
今のオレら一家は、春日部コートを後にして、地元の埼玉に戸建を購入し、とりあえずは安定した毎日を過ごしている。
二度の転職を経て「MONOQLO」というモノ雑誌の編集者になったオレ、主婦として毎日奮闘する妻の真由美、春日部コートで出来た愛の結晶・娘の夏美は小学校3年生になった。義母の昌子も相変わらずだ。犬のレオは糖尿病になり、毎日2回のインスリン注射がマストになったがなんとか生きながらえている。
そして我が家には新しい家族もできた。長男の壱太(2歳)は、わずかな期間だけ春日部コートで暮らしたのだが、特に問題なく(当たり前か)すくすくと成長している。
このようにわざわざ近況を報告したのは、連載を読んでいただいた方なら「あの家族はいまどうなってるんだろう」と気にかけてくれるかもと考えたからだ。
思えば幽霊物件に住んで、そこで起こる現象をリポートするところからスタートした連載、どこで歯車が狂ったのか、図らずも我が家の不幸話を披露する展開になってしまった。なぜそんなことになったのか。色々考えてみても、幽霊はいるのか、いないのかといった不毛な論争が頭の中で繰り広げられるばかり。