自分のストーリーを作り始める時期と一致
では、自伝的記憶はなぜ3歳くらいまでしか遡れないのか。それには認知能力の発達が関係しているようだ。心理学者ファイバッシュたちの研究によれば、2歳になると人から尋ねられると以前の経験について思い出すことはできるが、自分自身をひとつの物語をもった存在としてとらえることはない。
自伝的記憶というのは、自分を主人公とする、まとまりをもった物語である。ゆえに、物語を生み出す認知能力の発達と並行して、自伝的記憶は3歳くらいから徐々にできあがっていくというわけだ。私が行った最初の記憶についての調査では、出産のために母親が不在で祖父母のもとで過ごしたときの記憶を、淋しかった気持ちとともに報告するケースが結構多くみられた。
心理学者シャインゴールドたちは、3歳以前に弟妹が生まれた大学生と、4歳以降に弟妹が生まれた大学生に面接調査を行っている。その結果、4歳以降に弟妹が生まれた者で当時のことを覚えていないのは39人中わずか1人なのに対して、3歳以前に弟妹が誕生した者のほとんどが当時のエピソードをまったく記憶していないことがわかった。
ここから、弟妹の誕生という印象的なできごとであっても、3歳になる前に起こった場合は、自伝的記憶に組み込まれにくいことがわかる。この結果は、3歳くらいになると物語を生み出せるようになるという認知能力の発達と一致するものである。
古いのになぜか覚えている人生の“例外期間”
最近のことほどよく覚えており、昔のことになるほど思い出せなくなる。それが記憶の一般法則だ。実際、自伝的記憶に関する調査を行うと、ある言葉を手がかりとして想起されるエピソードは新しいものが多く、昔のことほど想起されにくい。
たとえば、去年の夏休みにどこに行ったか、一昨年の夏休みにどこに行ったかはすぐに思い出せても、10年くらい前の夏休みにどこに行ったか、20年くらい前の夏休みにどこに行ったかは、なかなか思い出すことができないだろう。
ところが、自伝的記憶には例外があることがわかった。最近のことほどよく思い出されるという一般法則に則った傾向の他に、10代~20代の頃の出来事がそれ以降のできごとよりも多く思い出される傾向がみられるのである。
40歳以上の人たちを対象とした調査結果をみると、最近のことほどよく思い出すという全体的な傾向はみられるものの、例外的に10代~20代の頃のことはよく思い出す。そのため、想起量のグラフを描くと、10代~20代のあたりが盛り上がる。これを自伝的記憶のバンプ現象、あるいはレミニッセンス(回想)・ピークという。