140文字より短く、創造的な世界がある

そんな僕のSNS懐疑論を、改めて考えさせてくれたのが、今から30年以上前に刊行された俵万智さんの歌集『サラダ記念日』です。「5・7・5・7・7」のたった31文字から、色んな世界を想像させる短歌の世界。

サラダ記念日』の短歌ひとつひとつは、何か特定の意味があって投げかけているわけじゃない。常套句やSNSと真逆の言葉たちは、Twitterワールドの中で窮屈な思いをしている僕たちに、どんなヒントをくれるでしょうか。

サラダ記念日』が発表されたのは1987年。世間では一大旋風とも呼ぶべき大きな反響があったそうです。難しい言い回しや古めかしい表現ではなく、普段使いの言葉をちりばめた作品たち。リアリティのある感情表現で、それまで短歌に触れたことのなかった人たちにもストレートに刺さったのでしょう。単行本や文庫あわせて300万部近くの売り上げを記録し、当時24歳の高校教師だった俵さんは一気に「時の人」になりました。

「短歌」のイメージを大きく変えた俵さんは、伝統的な手法を大切にする人たちからは、「新人類歌人」などと表現されることもあったそうです。いつの時代も、それまでとは違う変わったことをするスターが「新人類」と呼ばれるのは変わらないんですね。

短歌なのに「カンチューハイ」

俵さんは、31文字というものすごく限られたスペースの中で、日々の生活やそこでの感情を言い表します。たとえば次のような歌。

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

短歌の中に「カンチューハイ」なんて使っていいんだ!? と思わずびっくりしてしまいますよね。この妙に生々しい感じがキモなんだと思います。誰かの人生の一瞬をのぞき見してしまったような気になります。

カンチューハイっていう言葉にも時代感が表れますよね。今だったら「ストロングゼロ」になるのかなあ、と考えてしまいます。

さて、タイトルにもなった代表歌がこちらです。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

恋人との何気ない日常の思い出がうまく切り取られていると思いました。あとになって俵さんは、実際にこの歌のインスピレーションを得た時に彼と食べていたのは、サラダではなく唐揚げだったと明かしています。現実は創作より、脂っこかったわけですね(笑)。

僕の友人に聞いてみると、この歌で「ゲイのカップルが食卓を囲む漫画を思い出した」という人もいましたし、「これって母親と息子の話なんじゃない?」という人もいました。時代の空気や、自分の置かれている状況によって、無限の読み解き方ができる。これは31文字という限られた文字数だからこその広がりなんだと思います。