1987年に出版されベストセラーになった俵万智の歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)。歌舞伎町でホストクラブを運営する手塚マキ氏は「31文字から成る短歌は、SNSより少ない文字数で無限の読み解き方ができる。SNS疲れにならないためには、相手が察してくれると過信せず、言葉の意図を楽しむくらいがちょうどいい」と指摘する――。

※本稿は、手塚マキ『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/tommaso79)
サラダ記念日』(著者 俵万智)
表題となった《「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日》のほか、第32回角川短歌賞を受賞した「八月の朝」などを含む434首を収録した歌集。「カンチューハイ」などの目新しい言葉、会話調の言い回しなどを織り交ぜながら、女性の日常を描き出す作品が並ぶ。新しい現代短歌の先駆けとなり、後に続く若手の歌人たちに影響を与えた。

便利な常套句を使いすぎていないか

言葉をちゃんと相手に届ける、ということについて、ここしばらく考えています。

専修大学准教授の哲学者・古田徹也さんが、ある政治家の発言についてコメントしている記事を読んでとても共感しました。以下、引用します。

気になったのは、『ピンチをチャンスに変える』という常套句の多用です。(中略)現実の複雑な課題を、なんとなくポジティブな印象の常套句によってうやむやにする。これは、言葉を道具としてのみ扱う典型例だと言えます。(朝日新聞 2018年10月26日朝刊)

常套句や紋切り型の言葉って、つい使っちゃいますよね。意味やニュアンスが決まっているので、相手もなんとなく分かった気になるからでしょうか。

でも、僕たちホストは言葉をそのまま文字通りには受け止めません。お客様に「あんたなんて嫌い」と言われて、嫌われたから連絡しないっていうやつがいたらホスト失格です。あるいは、「じゃあなんで嫌いなの?」って問い返すホストもいないでしょう。

僕たちホストは、お客様の言葉を大切に、丁寧にあつかって「本当は何を感じているのか」を考えることが仕事だからです。

短文投稿が日本語の意味を狭めている

そんなホストクラブ業界にも、数年前から大きな地殻変動が起きています。ずばりSNSの登場です。かつてホストは、お店の中でいかにお客様を魅了するかを考えてきました。でも、今は24時間、365日、SNS上でもファンを獲得しなければなりません。TwitterやInstagramのフォロワー数と売上は比例していると言っても過言ではない。みんな必死になって、休みの日に遊びに行った場所、新しく買った洋服、ホスト同士の戯れなどを投稿します。

現役ホストたちの頑張りを横目に、僕は内心、自分が現役ホストとしてバリバリお店に出ていた頃にここまでSNSが影響力を持っていなくてよかった、と思ってしまう部分もあります。

やっぱりこの世界は、SNSが力を持ちすぎではないでしょうか。人間の本当の価値なんて、数行の短い文章でわかるはずがない。背景にある事情もわからぬまま、言葉だけが一人歩きするのは危ない。ちょっとしたつぶやきの揚げ足を取り合って、小競り合いをしているからTwitterではすぐに「炎上」が起きてしまうような気がします。

短く伝えるSNSでは常套句のような「意味がひとつにしかとれない言葉」をみんなが多用しがちですよね。僕はそれが言葉のもつ可能性や、人と人のやりとりを、ものすごく狭くしていると思うんです。