ところが、ある時期から航空会社は自社のサービスの価値を高めるために、CAに対してサービスの対価以上の「感情」を売るような教育をはじめたのです。たとえば、顧客がまるで家に帰ってきたような気持ちで飛行機に乗れるように、笑顔でサービスをすることを指導され、また強制されるようにもなりました。こうしたサービスは結果的に「マニュアルに頼らず、従業員が自発的に判断してお客様のために動く」ことを理想化します。
日本企業型の採用手法はアマゾンでも
そして、高度なホワイトカラーを中心に、お金を払ったぶんしか働かない、契約書に書いていないことはしないといった「ジョブ型雇用」ではなく、給料以上に会社に貢献する働き方をいかにして導入するかという議論が盛んになっていきました。
たとえば、デビッド・シロタらの著書『熱狂する社員』では、アメリカ同時多発テロの直後に会社に出社してくる社員を高く評価していて、まるで「日本企業?」と思うほど。いまの日本なら「〈やりがい〉の搾取」(※)と言われかねないような、給料以上に会社に貢献する仕事や働き方が、アメリカでは80年代から90年代にかけて企業の大きな価値を生む源泉だとみなされるようになっていったのです。
そして現在、先進的とされる多くのIT企業が、働くことや会社に貢献すること自体を楽しく思わせるような仕組みを積極的に取り入れています。有名な例として、グーグルのオフィスでは、一人ひとりが自分の好きなレイアウトで働くことができたり、社員食堂もレストランのように充実していて、メニューも宗教やヴィーガン、ベジタリアンといったポリシーに配慮されていたりします。
まさに、かつての日本企業が社員の生活を丸抱えで支えてきたような、そんな経営スタイルの進化形へと向かっているようです。
また、グーグルやアマゾンは自社の採用基準を公開しています。以前のグーグルの面接といえば、とにかく難問奇問を出して、「天才でないと入れない」と言われて話題にもなりました。ですが、たとえば現在のアマゾンの面接で問われるのは、職歴や前職で経験したこと・学んだことといった具合で、こちらももはや「日本企業の面接?」という感じです。
結果的に、どんな人を採用しているかといえば、「仲間として働けそうかどうか」をひとつの基準として見ているのです。
その意味では、先端的なIT企業のコア人材の採用方針は、あきらかにかつての日本で行われていた人材の抱え込み方に似ています。終身雇用ではないところは違いますが、言ってみれば、「日本企業化」してきているのは、とても面白い現象ではないでしょうか。
※経営者が労働者に対して、金銭報酬の代わりに「やりがい」を強く意識させることで、労働力を不当に安く利用する行為・搾取構造のこと。社会学者の本田由紀氏が名付けた。
関西学院大学准教授、社会学者
1976年、福岡県生まれ。2004年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。国際大学GLOCOM助手などを経て、09年関西学院大学助教、10年より現職。専攻は理論社会学。『サブカル・ニッポンの新自由主義』『ウェブ社会の思想』『カーニヴァル化する社会』など著書多数。06年より「文化系トークラジオLife」(TBSラジオ)のメーンパーソナリティをつとめるなど多方面で活躍。