※本稿は、鈴木謙介『未来を生きるスキル』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
日本人が勤め先に忠誠を誓っていたワケ
いまの若い世代には信じがたいことかもしれませんが、「終身雇用」と「年功序列」という日本の雇用システムが世界で注目を集めていた時期がありました。1979年に、アメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本でオイルショックのダメージを受けなかった日本企業の強さを分析しました。その強さの要因こそが、日本の雇用システムだったのです。
年功序列とは、先の保障があることにほかなりません。育児や教育、そして自身の老後のことをはじめ、人生は後になるほどコストがかかるため、それらに対する安心感を生みだします。また、将来的に雇用や昇給が保証されていれば、若いときには「多少マイナス分の大きい働き方をしてもいい」と思えるので、結果的に企業に対するロイヤリティが高まります。
つまり、現時点での自分の適正価格でジョブホッピングしていくよりも、将来にお金がかかるときのことを見越して、がむしゃらな働き方をしてでも会社に居着こうと思うようになるのです。
そんなモーレツ社員を支えたもうひとつの仕組みが、「企業別組合」でした。労働組合が産業別ではなく、ジョブホッピングを前提としない企業別であったことで、労使交渉が企業内の働き方や労働環境といった次元の話になり、労使間の妥協が起きやすくなっていたのです。業界全体を巻き込む激しい労働運動は抑制され、その一方で、経営者側もある程度の生活を保証する前提で妥協していたわけです。
このような背景から、世界的に普及することになった「カイゼン」(※1)や、クオリティーを保つための「QCサークル」(※2)が生み出されました。「従業員が会社のために自発的に品質改善を行う、そんな日本企業はすごい」と世界から注目を集めたのです。
※1 おもに製造業の生産現場で、作業効率などの見直し活動を社員が自発的に行うこと。トヨタ自動車の生産方式が有名で、海外にも「kaizen」として広く知られる。
※2 QCはQuality Control(品質管理)の略。カイゼンを支える手法で、おもに現場の従業員が、品質管理や作業効率改善などのためにアイデアを出し合ったり議論したりする活動のこと。
米国でも感情を切り売りする働き方が推奨された
さて、個人的に面白いと思うのは、このような「従業員自らが会社に貢献する」ような考え方が、のちのアメリカのIT企業にまで広がっていったことです。
まず、IT企業以前にサービス業からその流れがありました。83年にアメリカの社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドが著書『管理される心』で、「感情労働」という概念を提唱しています。
この「感情労働」とは、まさに感情を切り売りする仕事のことで、当時のアメリカの先進的な航空会社のCAの働き方が「感情労働」になってきていることが指摘されました。日本ではCAはステータスの高い仕事のように思われていますが、海外ではCAは非常に不安定な、環境の悪いサービス労働のイメージが強い仕事でした。そして、実際にCAの労働モラルも低かったのです。