【5】過去から学ぶ、未来へ託す
【山中】私は村上春樹さんの小説が大好きで、完璧に「ハルキスト」です。柳井さんも春樹さんの小説がお好きだそうですね。
【柳井】そうなんです。彼とは同い年で、通った大学も一緒、ジャズが好き。ユニクロという業態を考案したのが1984年で、ご承知のとおり村上さんには『1Q84』という作品があります。いろいろと共通点が多い(笑)。だから彼の気持ちはよくわかるつもりです。
たとえば村上さんは、アメリカの大学で教えたり研究したりしていますよね。あれはいったん外国へ出て、アメリカ文学との対照で自分の文学を見つめ直しているんじゃないかと思うんです。ところが彼以外の日本の文学者は、あまり外へ出て行きません。このままでは日本文学は廃れてしまうのではないかと心配です。
日本文学というのは、日本人がこうやって生きてきたという証しです。それを日本人が海外に向かって発信しなくなってしまった。その代わり日本の文学研究者は、村上春樹なら村上春樹の研究だけを深掘りする、というように狭いほうへ狭いほうへ向かっている。
山中さんが「新しいアイデアは違う分野の人と話すことで生まれることが多い」とおっしゃいましたが、その問題と同じですよ。狭い分野に閉じこもっていては、新しいことは発見できません。これは現代日本の閉塞感そのものだと思います。
【山中】春樹さんの小説は、日本語で聴く以上に英語で聴くほうがすーっと頭に入ってきます。私はマラソンが好きで、iPS細胞研究所の基金のPRも兼ねて、よく出場しています。練習で2~3時間走ることもあるんですが、その間、春樹さんの小説の英語版のオーディオブックを聴くことがあります。すると非常によく頭に入ってくる。
【柳井】それは面白いですね。僕はビジネスを起こした人の伝記を読むのも好きなんです。それは「これ、僕がやったことと同じだ」「ああ、だから自分も失敗したのか」と気づくことがあるからです。みなさん、もっと経営者の伝記を読んでみたらいいと思います。
といっても、勉強になるのは現代の人たちの話じゃありません。明治維新や敗戦後といった、国家的な危機や混乱のなかから立ち上がってきた人たちを扱った本です。
もし現代の人から学べることがあるとしたら、新興国や新しい産業の担い手からだと思います。主に若い人たちですね。