【柳井】ああ、それはいいですね。ビジネスの場合は、実行することが大事です。アイデアを出して、設計図を書いて、工場で作って、運んで、販売する。実行に多くの人が関わるから、チームワークというか、お互いのベクトルを合わせることがとても重要になります。その点、研究ではどうですか。

山中氏が設計段階から関与した京都大学iPS細胞研究所の内部。留学先だった米グラッドストーン研究所にならい、研究室間の壁を取り払った「オープンラボ」形式になっている。(読売新聞/AFLO=写真)

【山中】幸い、私たちの研究所はiPS細胞の医療応用という明確な目標があるので、みんなを同じベクトルに向けるのにそれほど苦労はありません。むしろ苦心するのは、モチベーションの維持ですね。医療の研究開発は、一般的に、アイデアから承認まで20~30年かかると言われているので、その間、どうやってモチベーションを保ってもらうか。こちらのほうが大変なんです。

【4】幸福論と失敗論

【柳井】わかります。僕らの仕事でも実際はそうなんですよ。僕は表面的なデザインとかトレンドはどうでもいい。それより大事なのは、あなたにとって服はどういう意味を持っていますかという本質的な問いかけです。

その問いへの答えになるような服を僕らは「LifeWear(ライフウエア)」と呼んでいますが、それを世界中の人々に提供しようと思えば、やはり長い研究開発期間が必要になる。モチベーションを維持してもらうには、そもそもそういう考えに共鳴してくれる人に会社に入ってもらい一緒に働くことしかない気がしますね。

【山中】国際的な意識調査によると、日本の高校生はアメリカや中国、韓国の高校生と比べて「高い社会的地位につきたい」という子が非常に少なく、一方で過半数が「のんびりと暮らしていきたい」という生活意識を持っているとされています。柳井さんはこのことについてどうお考えですか。

【柳井】「のんびりと暮らしていきたい」というのは「いまのままでいい」ということでしょう。だとしたら、幸せになりたいと考えていても反対に幸せになれないと思いますね。

家も車もいらない、結婚もしたくない、ゴルフもやらない。それは引きこもりの感覚です。いまは親が子供に対して、引きこもってもいいような環境を与えている。もっと言えば、子供の世話を焼きすぎて、子供を壊しているんじゃないでしょうか。それでいて、ひと様に迷惑をかけてはいけないとか、基本的なしつけもできていない。

【山中】柳井家は厳しかったですか。

【柳井】はい、すぐゲンコツ(笑)。うちは商店街の1階に店舗があって、僕ら家族は従業員と一緒に2階に住んでいました。朝9時に開店して、夜は8時まで。休みは月1回で、休日はみんなで映画を見に行く。炭鉱町だったから、全国からたくさんの人が集まってきていました。あのころはごくふつうの風景でしたが、そういうことをみんな忘れてしまっている。

現状維持がいいというなら、それもいいでしょう。でも、「あなたの人生は何だったんですか」と聞かれたときに、「自分の人生はこうだった。一生かけてこれをやった」と言えるようになりたいじゃないですか。

もちろん一生かけてといっても、来年、再来年からやるというのでは話になりません。やるなら今日やらないと。どんな分野でも、偉業を成し遂げた人は今日の仕事をおろそかにしていません。研究者もそうでしょう?