【山中】先ほど柳井さんがおっしゃいましたが、人体について真実が100としたら、いまわかっているのは1くらい。いまの医学はその1を前提にしていますから、臨床のお医者さんは1に基づいた治療をしなくてはならない。しかし研究者なら、その前提をがらりと変えることができるかもしれない。そう考えると、研究者をやっているのは楽しいですよ。

iPS細胞の作成によりノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授。2012年12月の授賞式に臨む。(AFLO=写真)

【柳井】やっぱり永遠の謎に永遠に挑んでいく。そういう姿勢が大切ですよ。ビジネスだってまだ何も解明されていないから面白い。僕はビジネスのノウハウ本が大嫌いでしてね。読めば3日でできるようになるとか、そんなアホなことあるわけない(笑)。一直線で成功できるわけはありません。

こういう方向だと思って行ってみても、壁にぶつかり、よじ登ったり、地を這ったりして進んでいく。たぶんこれは山中さんのような天才だって同じでしょう。エジソンは「99%の汗と1%のひらめき」と言ったけど、99%の汗なしに、ひらめきは生まれない。

【山中】努力ということでは、アメリカのグラッドストーン研究所に留学していたころ、当時の所長のロバート・メーリー先生から「研究者として成功する秘訣はVWだ」と言われたことが心に残っています。

VWとは「Vision」と「Work hard」。汗をかき一生懸命働くことと同時に、長期的目標を持つことが大事だという教えです。言葉を換えれば、何のために働くのか。柳井さんのビジョンは何ですか?

【柳井】ビジョンは何かと考えると、「あなたはなぜ生きているんですか」という最終的な問いに行き着きますよね。その問いには最期まで答えられないかもしれないけど、たくさん努力しながら問い続けることで、自分は成長するし、まわりの人たちも成長する。問いが大きすぎるなら、「なぜこの仕事を選んだのか」でもいい。仕事することも生きることも同じようなものですからね。そう問いながら日々の仕事をしたら、すごくよくなると思います。

そういう問いかけを続けると、変化に対して受け身ではなくなり、むしろ自分から変化を起こすようになるはずです。僕たちのコーポレートステートメントは、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」。そういう変化を自分で起こすと思えば、楽しいですよ。

世界に自分が支配されているのではなく、一人ひとりが自由自在に仕事をする。同時に、ビジネスも研究も団体戦ですから、それぞれ専門分野の「際(きわ)」を超えてチームとして協力していく。そういうやり方をしないと、成果は出ないと思います。

──「際」というのは?

【柳井】部署の際、会社の際、それから国境の際、製造と流通、研究開発といったビジネスの際。みんなあると思っているようですが、全部ないと思いますね。本当は昔からなかったし、これからはますます際がなくなる。それが時代の流れです。そういう大きな流れには逆らえないと知ることが、一番大事なことではないでしょうか。

人生なんて一瞬です。明日死ぬかもしれないからです。昔は僕も、時代の大きな流れとは関係なしに、いろいろなことをじくじく考えていましたが、考えても解決できないことを考えても仕方がないんです。それより今日一日何ができるのか、さらに1週間、1カ月、1年と広げていって、結局、自分は人生で何をしたいのかと考える。