将棋の羽生善治さんは「将棋で奇襲はあまり役に立たない。一回は勝てるかもしれないが、それでおしまいなので、王道を磨いたほうがいい」と言っています。『戦争論』で有名なクラウゼヴィッツと同じ考えです。

『戦争論』と『孫子』では発想の違いというか、西洋哲学と東洋哲学の違いみたいなところがあって、『戦争論』は戦争の本質を明らかにして、対処を考えようとしています。そこで、導き出された戦争の本質の一番重要な要素が、「相互作用」。戦争はエスカレートするものだということです。そう考えると、枝葉よりも、まず正攻法で負けないようにしないと勝負にならないと考えるのです。

一方、『孫子』は、戦争の本質を考える面はあまりありません。むしろ戦争を構成する基本的な要素、たとえば虚とか実とか、勢いのあるなしだとか、要素の絡み合いから戦争を考えているのです。

取引先の信用を得るような仕事を続けるのがビジネスの基本、正攻法です。しかし、規制緩和、グローバル化、デジタル化などで、競争の激しさは増すばかり。生き残りの知恵を『孫子』から学びたいという声が増えてきたのは、それだけ身を守りにくい時代になってきたということかもしれません。

守屋 淳
1965年生まれ。早稲田大学卒業。大手書店勤務ののち、中国古典研究家として独立。著書に『最高の戦略教科書 孫子』ほか。
 
(写真=iStock.com)
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