「わからないから捨てた」以外に理由がない

でも、と蔵屋さんは問いかける。本当に問題なのは処分なのか。美術館であってもすべてのものを保存できるわけではない。どこかで保存するものと、そうでないものの区別はつける。

「『きずな』は間違いなく美術館が保存するミュージアムピース級の大作で保存すべきものであったとは思います。これは、はっきりしています」と断言した上で、しかし、と続ける。

「一般論でいえば、議論を尽くし、ほんとうに避けがたい理由が立てば、廃棄するという決断を下す場合があるかも知れないとも思います。そもそも全ての作品を保存できないことは美術館の人間としてよくわかっています。問題は結論に至る理由です」

「明確に廃棄する理由があれば説明すればいい。『わからないから捨てた』以上のものがないことが問題なのです」

東京大学の「シンボル」といわれる安田講堂。中央食堂はその前広場地下にある。(撮影=プレジデントオンライン編集部)

生協の対応に、傲慢な反論や開き直りはなかった

冒頭の一文をもう一度引用しよう。「絵画とは歴史である。そして歴史とはさまざまな方法であろう」。この本のなかで宇佐美はセザンヌやレオナルド・ダ・ヴィンチらを「歴史上の友人たち」と呼ぶ。

「廃棄の理由が『現代絵画が嫌いである』『食堂にふさわしくない』ならまだ理由があるから理解の範囲内です。歴史を何より重視した画家の知性が詰まった作品が、明確な理由が廃棄だからという理由だけで誰も止めずに捨てられていく……。思考が止まっているような気がするんです」

生協の対応の特徴は、不祥事対応にありがちな傲慢な反論や開き直りとは対照的に、とにもかくにも素直に認めて謝るという姿勢だった。

だからこそ、疑問も残る。わからなかったのではなく、わかろうとしなかったのではないか。結果、わからないものは捨ててもいいになってしまったのではないか。

思考停止――。録音したテープを聴いていると、東大生協の担当者はこの言葉に間髪入れずに反応していた。

「思考停止? はい」、と。

石戸 諭(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター
1984年生まれ、東京都出身。2006年立命館大学卒業後、同年に毎日新聞入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターなどで勤務。BuzzFeed Japanを経て独立。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)がある。
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