宇佐美の1970年代を代表する論集『絵画論―描くことの復権』を開きながら、蔵屋さんは続ける。パフォーマンスアートやコンセプチュアル・アートなどより前衛な作風が現代芸術の主流が傾いていく時代、宇佐美は当時、古いと見なされていた絵画の復権を論じた。

絵画にも先進的な方法論はある。宇佐美はそこに自覚的だった。

「特徴は方法にあります。例えば遠近法を乗り越えようと西欧では多くの画家が挑戦してきました。セザンヌ、マチス、ピカソ……。彼らは新しい方法論で表現にチャレンジしてきた。西欧に生まれたわけでもなく、彼らの挑戦を肌感覚で知っているわけではない宇佐美さんは、自覚的に歴史を学び、彼らの挑戦の歴史を自らの作品に取り入れた。美術史のなかに自分を位置付けて、そこに連なった作品を描く理知的な画家は日本には稀有で、その点で時代をリードしたといえるでしょう」(蔵屋さん)

歴史のなかで生きることに自覚的な人だった宇佐美の作品はなんとも皮肉な末路をたどることになる。

2018年4月にリニューアルオープンした東京大学の中央食堂。壁面には絵は飾られていない。(撮影=プレジデントオンライン編集部)

なぜ東大生協は廃棄を決定したのか?

第一の問い「なぜ東大生協は廃棄を決定したのか?」を探るために、東大生協の発表を元に事実経過から確認しよう。

作品に廃棄された疑いが出たのは今年4月だった。アーティストの岡崎乾二郎さんが、ツイッターで東大生協の「一言カード」に疑義を唱えたのがきっかけだった。

すでに削除されているが、その回答には、中央食堂改修の意匠と、展示されていた場所が吸音の壁になることを理由に、作品を「処分」したことが明記されていた。

この問題は、すぐに新聞各紙が取り上げ、騒動になった。東大と東大生協の調査結果によると、「きずな」の完成から約40年、中央食堂は老朽化を理由に、全面改修工事の対象になった。その際、大学や生協の事務方で構成した中央食堂改修設計連絡会議によって、作品の取り扱いが検討され、ここで「きずな」は生協の所有物であることが確認された。

議論の結果、「技術的には絵が固定されていてそのまま取り外せないものであり、周りから切り取っても出入り口を通れる大きさではないという誤った認識が共有され、そのまま残して設計を変更するか、設計を優先させて廃棄するかという二者択一の中で判断しなければならないという流れ」ができた。

「作品の由来は全く知りませんでした」

東大生協の担当者はこう語る。

「生協の所有物ということで、私たちが決めていいものだと思いました。特にプレートなども設置されておらず、どのような作品かは知りませんでした。特段の議論もなく改修した後には置けないということで処分が決定しました」

「作品の由来は全く知りませんでした。重要な作品であるという認識の共有が欠如していました。壁に飾っている絵という認識でした。絵を見ても特に処分はまずいという議論もなく、廃棄は決定しました。そのままスルーしてしまいました」