約350部の朝刊を休憩も取らず配達

ハイ君の仕事は、いつもより1時間早く午前1時半に始まった。元日の新聞は分厚く、配達に時間がかかるからだ。普段なら自転車の前後に65部を詰める新聞も、この日は30部でいっぱいだった。

彼が担当する区域は、閑静な住宅街にある。しかも真夜中とあって、辺りは静まり返っていた。道で出くわすのも、他紙の配達員くらいだ。

1年間にわたって仕事をしているだけあって、ハイ君の仕事は手際よかった。新聞をポストに突っ込み、すぐに次の配達先へと移動する。順路は頭に入っているのである。

ハイ君の担当する朝刊は約350部だ。自転車に載せた新聞がカラになると、配達区域内にある中継地点に戻って新聞を積み直す。そんな作業が延々と続いた。

1時間、2時間と、自転車の停止と発信をひたすら繰り返す。途中で休憩すら全く取らず、しかも重い新聞を載せてのことだ。ハイ君の後を追っている筆者の自転車に新聞は積んでいないが、それでも途中でふくらはぎが何度もつりそうになった。

元日の新聞を積み込んだハイ君の自転車(撮影=出井康博)

日本人は原付、ベトナム人だけは自転車という差別

新聞配達の現場では、原付バイクもしくは電動アシスト自転車が主流だ。他の朝日新聞販売所のベトナム人奨学生も、大半が原付バイクを使っている。同じASA赤堤でも、日本人配達員は原付だ。しかし、ハイ君ら5人のベトナム人には、電動アシストもない自転車しか支給されていない。明らかな差別である。

「どうして、ベトナム人だけが……」

ハイ君が納得できないのも当然だろう。

この日、彼が新聞配達を終えたのは午前6時半だった。初日の出の時間が近づき、住宅街にもちらほらと人の往来が目立ってきた。だが、ハイ君には販売所に戻って、購読者の状況を「増減簿」に記録する作業などが残っている。

元日の仕事は特別に長い。雪の日には自転車が使えず、いつもの2倍以上の時間をかけて配達したこともある。そんな特殊な日を除いて、この頃、ハイ君は1週間の就労は30時間程度だった。「週28時間以内」の上限には違反しているが、他の販売所の奨学生と比べ、突出して長いわけでもない。

それが2月末になって突然。販売所の都合で配達区域が広がった。その結果、配達部数が数十部増え、就労時間も大幅にのびた。だが、残業代は支払われない。さらなる違法就労を、タダ働きで強いられることになったのだ。同じ違法就労でも残業代すら支払わない点で、警察から摘発を受けた「一蘭」よりも悪質である。(つづく)

出井康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社)『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『年金夫婦の海外移住』(小学館)などがある。
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