12億円の落札価格は「法外な値段」か
一方、あの名人利休が使ったのだから、これは良い茶碗に違いないと考えて、「ぜひとも手に入れたい」と高い値段を払う人が出現することで、経済的な価値は高まっていく。油滴天目の価格が形成される過程には、これに似たプロセスも作用している。
大切なことは、値段という経済的な尺度とは別に、文化的な尺度が存在し、二つの物差しは一致する時もあれば、必ずしも一致しない時もあると考えることだろう。そして文化的な尺度とは、自分の中に形成された価値観に依存しているものなのである。
油滴天目に話を戻せば、12億円の落札価格を「法外な値段」と思う人がいるのは、それに見合った文化的な価値を共有していないからだろう。
何も、その価値観を自らのものとして共有する必要はないが、そのような価値観があるということを知るのは、異文化理解の練習として役に立つはずである。
大日本茶道学会会長
1958年、東京都生まれ。本名・秀隆(ひでたか)。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。現在、大日本茶道学会会長。前会長で学術文庫『茶道の美学』の著者、田中仙翁は父。『茶道改良論』の田中仙樵は曽祖父。日大芸術学部、慶応義塾大学、東京大学、お茶の水女子大学、学習院女子大学、青山学院大学の非常勤講師を歴任。著書に『岡倉天心「茶の本」をよむ』『茶の湯名言集』『近代茶道の歴史社会学』『お茶はあこがれ』などがある。