アンドレア・グヮルネリを所有
【大前】今日持ってきてらっしゃるヴォイオリンはどちらのですか?
【樫本】昔、親が購入したものでアンドレア・グヮルネリ(グヮルネリはイタリア北部ロンバルディア地方のクレモナ出身の弦楽器制作者一族で、アンドレアはグヮルネリファミリーの初代)です。その後ストラディヴァリウス(ストラディヴァリが制作)を3台くらい使わせていただいて、またこれに戻ってきたという感じです。
【大前】じゃあ、ご自身のヴァイオリンなんですね。ストラディヴァリウスのような名器はスポンサーがいて、貸してくれるケースもあるようですけど。
【樫本】よくあるパターンですね。
【大前】何年か前、日本人のヴァイオリニストがドイツの税関で愛用のヴァイオリンを没収される事件がありましたね。
【樫本】堀米(堀米ゆず子 ベルギー・ブリュッセル在住のヴァイオリン奏者)さんの話ですよね。フランクフルト空港で。
【大前】あれは何だったんですか。私は依然として理由がわかってない。
【樫本】税関の問題ですね。手荷物扱いで持ち込んだヴァイオリンが税関に引っかかった。EU内で買った楽器ならよいのですが、EU外で買った楽器は仕事用でも輸入扱いになる。
【大前】だって本人がずっと愛用していたんでしょう?
【樫本】そうです。堀米さん、日本で買った楽器をヨーロッパに持ってきて、ヨーロッパに住んでいる人ですから。
【大前】愛用のヴァイオリンだって、きっともとはヨーロッパで作られたわけでしょ。
【樫本】そうなんですが、一度、EUの外に出ているじゃないですか。昔はそんなに厳しくなかったんですけど、今は買い取った場所がEU外だったら輸入しなきゃダメだと。
【大前】EU内で買ったか、EU外で買ったかわかるんですか? 税関で。
【樫本】いや。証明しろと言われるんです。僕も言われたことが何回もある。
ドイツの場合、楽器の輸入関税は19%!
【大前】へー、大変ですね。持って歩くのも。
【樫本】ドイツの場合、楽器の輸入関税は19%ですから。
【大前】名器なら1億円なんてざらだけど、関税は1900万円。それは無理だ。だから長いこと差し押さえられていたんですね(後に当人に無償返還されている)。
【樫本】その場で払えと言われても、そんな現金、持ち合わせていませんから(笑)。僕も楽器を置いていかなければならないことがありました。
【大前】常に証明書を持ってないといけないね。
【樫本】今の楽器はドイツで買ったものなので、買ったときの契約書も入ってます。意味なく面倒ではありますね。
【大前】ウチの奥さんがオーボエを吹いていた頃、フランス人の友達にいいオーボエ(ローレー製)を買ってきてもらった。そうしたら日本の税関で「これはお前のか?」って。「そうだ」と答えたら「吹いてみろ」と言われた(笑)。なんやかんやで最後は許してくれたみたいですけど、オーボエだけは素人には吹けない。
【樫本】無理ですね。日本も厳しいんですね。
【大前】昔はね。日米貿易戦争で日本は輸入が足らないと叩かれたから、今はゆるゆる(笑)。ドイツのいいワインを持ち込んでも、いくらも税金取られない。原価が高くても安くても1本300円くらい。あいつら価値わからないから。
【樫本】ホントですか(笑)。
プレッシャーがないから、ある意味楽でした
【大前】樫本さんのキャリアを拝見すると、本当にとんとん拍子で階段を駆け上がったようにしか思えないけど、何かこれが契機だな、というようなことはあったんですか?
【樫本】どうなんでしょうね。子供の頃って、やっぱりなんか必死でやっているところもあれば、やらされていることだけをやっていることもありますし。ヴァイオリンをやめようと思ったこともあります。自分がどうなってやろうみたいな、そういう責任感はなかったと思うんです。プレッシャーがないから、ある意味、楽でしたね。オーケストラに入ってから、それはちょっと変わりました。
【大前】コンマスだもんね。レパートリーも強制的に広がっちゃうし。
【樫本】そうですね。もう信じられないくらい新しい楽譜を次々と読んでいるので。
【大前】他の団員もそうなんでしょう?
【樫本】みんなそうです。始めたときは誰でもそうですから、特別なことじゃないと思うんですけれど。
【大前】とはいえベルリン・フィルは芸域が広いから。
【樫本】同じ曲をやった記憶がそんなにないですからね。もう7年いますが、同じ曲をやったのは2曲ぐらいですね。本当に変な曲がいっぱいありますから、僕らは。
【大前】日本では耳にしたことがないような曲も結構ありますよ。
【樫本】でも決して悪い曲じゃない。
【大前】そう、そう。とにかくベルリン・フィルは弦と管のバランスがすごくいい。アメリカの某オーケストラなんて管だけ素晴らしくて、弦はガクッと劣る。しかもいつまで経っても直さない。ああいうのは何ですかね。
【樫本】どうでしょう、文化とトラディションの違いもあると思いますけどね。