自衛隊が遂行時に実施する「IDA」サイクル

それでは、そうした作戦の実行のなかで、自衛隊が最も重要視している考え方とは何でしょうか? 原発事故であれ、戦場であれ、状況が不透明な事態においては、あらゆることがそのなかで発生し、しかも、それが絶えず変化していきます。

そこで自衛隊が、迅速な判断と臨機応変な実行が求められる作戦遂行時に重視しているのが、「IDA」サイクル、つまり、情報(Information)、決心(Decision)、実行(Action)サイクルです。

「決心」については先ほどご説明したとおりですが、その前段階である「情報」は、敵、地域に関する情報ばかりでなく、自らの部隊の状況や処理されていない生の情報資料をも含んだ幅広いもので、「IDA」サイクルの流れの重要な部分を形成し、その精度と正確度こそが、サイクルの基本となります。現代戦では、情報・決心・実行のサイクルの速度、精度、正確度が、敵に対して相対的に優越することが重要になるのです。

とはいえ、実際の作戦遂行場面においては、そのサイクルが簡単に回ることはありません。現場における作戦は決して絵に描いたモデルのようにきれいには動きませんし、そこでは試行錯誤の連続が必要となります。福島第一原発の状況が最悪に向かっていったように、情報は絶えず変化し、それは決して自分の都合のよいものばかりではありません。

見積もりや計画の段階と、実行の段階とでは、異なることが多く発生するのです。しかし事前の周到な見積もりを行ない、計画の段階で戦略や作戦を綿密に準備していたからこそ、局面が変化しても対応していけるのも事実でしょう。

だからこそ福島原発事故対応においては、結果的に最悪の状況のなかで、ヘリによる放水という、その時点での最良のオプションを選択できたのだと思います。

映画『シン・ゴジラ』では「ヤシオリ作戦」が成功し、冷却されたゴジラは活動を停止しました。矢口は東京駅付近に立つゴジラを見つめ、「日本、いや人類は、もはやゴジラと共存していくしかない」と口にします。

いうまでもなくゴジラは核兵器や原子力発電、さらにいえば戦争や災害などの暗喩ですが、現代という時代は、これまでのいかなる時代に比べても、さまざまなリスクが人々の身近に横たわっている時代であるともいえるでしょう。そうしたなかで、即時即決の意志判断をどう行なうのか? それを組織にどう伝え、どう現場を動かすのか?

そこで経験してきた数々の事柄からの学びを記した『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)がビジネスパーソンの何かの一助となるならば、私にとって、これ以上の喜びはありません。

折木良一(おりき・りょういち)
自衛隊第3代統合幕僚長
1950年熊本県生まれ。72年防衛大学校(第16期)卒業後、陸上自衛隊に入隊。97年陸将補、2003年陸将・第九師団長、04年陸上幕僚副長、07年第30代陸上幕僚長、09年第3代統合幕僚長。12年に退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官(野田政権、第2次安倍政権)などを歴任し、現在、防衛大臣政策参与。12年アメリカ政府から4度目のリージョン・オブ・メリット(士官級勲功章)を受章。著書に、『国を守る責任 自衛隊元最高幹部は語る』(PHP新書)がある。
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