欧米では絶えず勝者と敗者を明らかにする

――無駄な会議や階層の多さが大企業病の原因となっていることは容易に想像がつきますが、管理職を増やすことによるサポートスタッフの増加、組織横断的な取り組みによる結節点(=ノード。組織のある要素と要素が交差する部分)の幾何級数的な増加などは盲点になっていると思います。むしろマネージャーを増やしたり、組織横断的なオペレーションを行ったりすることは「いいこと」と考えているふしもあります。

事業の規模が拡大していくと、クロスファンクショナルな横のやりとりも階層をまたぐ縦のやりとりも増え、複雑性が増します。これは必要なことでもありますから、どのように折り合いをつけるかという問題になります。このとき、結節点だけでなく、「境界線」にも注目する必要があります。たいていの組織は機能、地域、事業などによって線引きされています。

こうした境界線が情報の流れを阻害しないように細心の注意を払わなくてはなりません。人材、アイデア、資本、情報などを境界線を越えて行き来させるには組織的な取り組みが必要です。というのも、ほうっておくと自然に境界線が生まれてしまうからです。大企業の場合、一緒に働く人たちが全員同じ空間にいるということはまずないわけですから、こうした継ぎ目の位置を戦略的に設定するのが組織デザインにおいて非常に重要になってきます。

結節点についていうと、すべての組織の結節点を同様に扱う必要はありません。たとえば新しい結節点ができたからといって、そこに独自の機能を持たせ、リソースを配分する必要は必ずしもないのです。実際、どの結節点を作動させるかは慎重に決める必要があります。公式なレポートラインを設置したほうがよい場合もあるでしょうし、インフォーマルな情報の共有のみで十分という場合もあるでしょう。

――結節点の機能にメリハリをもたせるということでしょうか?

そうです。協業を阻むのではなく促すように組織をデザインするということです。そして、定期的に取捨選択をする。いったん事業を立ち上げてしまうと、簡単にはやめられないのと同じで、新しい結節点をつくるといらなくなってもそこに人や機能が張り付いているのが常です。ときに見直し、不要なものは休眠させる。こうした「すでに死んでいる」ゾンビのような事業やポジションをほうっておくと組織から時間やエネルギーが奪われていきます。

というのは、ゾンビ事業においても会議は招集されますし、そのメールに参加者の名前を加えるのもタダです。ですが、価値を生まない会議は参加者にとってはタダではありません。時間やエネルギーのムダ使いです。ですから、こうしたムダな会議をコストとして計上するべきなのです。会議に参加する人ではなく召集する人の責任を重くする、というのも手でしょう。トヨタではものづくりの現場における問題解決方法として「5why(なぜを5回繰り返す)」というものを取り入れています。ホワイトカラーの現場でもこれを取り入れたらよいのではないでしょうか。

『TIME TALENT ENERGY』(Michael Mankins/ Eric Garton著・プレジデント社刊)

ベイン・アンド・カンパニーの調査では「Aクラス人材」を一箇所に集めることによって圧倒的な生産性の向上が実現できることがわかっていますが、日本では部門同士の縄張りや、幹部候補をかなり上のポジションになるまで特定しないという(悪しき)平等主義によって、Aクラスチームをつくることが非常に難しいという現実があります。

「人材貿易収支」という考え方

――成功している企業はどうやってこうした組織内の慣習や壁を突破しているのでしょうか。

欧米、とくにアメリカの組織では優秀な人材を特定して引き上げるということに抵抗はありません。絶えず勝者と敗者を明らかにしてAクラス人材が誰かをはっきりさせるという文化が定着しています。

しかし、上司ができる部下を手放さないという傾向は全世界共通しています。できる部下がいなくなると自分が苦しくなりますからね。ですから、人材は組織全体の資産であり、上司個人や特定の部署の資産ではないという認識を徹底させる必要があります。人材共有のためのひとつのアイデアとしては、「人材貿易収支」という考え方があります。たとえばあるマネージャーがどれだけの優秀な人材を引き入れたか、そしてどれだけの優秀な人材を育てて送り出したか、というのを数値化するのです。これが「黒字」となるマネージャーが評価されるというわけです。

突飛なアイデアではありますが、「Aクラス人材」を維持・獲得するために部署に課金するという方法も考えられますね。いずれにしてもさまざまな工夫で優秀な人材の囲い込みという問題を解決することは可能です。組織にとっては、優秀な人を育成し、その人が最も価値を生み出せる場所で思いきり活躍してもらうことが生産力アップにつながるのです。