「生の声」に触れ優先順位を固める
その間のことで、面白い事象がある。若いころから、口数は少ないほうだが、仕事の基本は信頼関係だから、声かけを大事にする。富山でも、廊下ですれ違うと「どうだ、頑張っているか」とか「昨日、こんなところへいったが、面白そうだぞ」などと、短い会話を交わす。すると、親しみを持ってくれ、「こうやろうよ」との提案が、受け入れられやすくなる。
ただ、不思議なことに、誰もが実際に声をかけた回数の何倍もかけられている、と思っている。支店長はかなり忙しいから、そんなには声をかけていない。年に3回くらいでも、始終のように感じるのは、おそらく、支店長と目標を共有し、支店長が決めた優先順位に沿って行動したから、支店長の印象があふれているのだろう。
「知所先後、則近道矣」(先後する所を知れば、則ち道に近し)――何をするにも、何からやって最後は何をするかという、始めと終わりがあるとの意味で、中国の古典『大学』にある言葉だ。その先後を誤らないことが、事の成就につながる、と説く。沈んでいた部下たちに結果を出させ、やりがいのある職場にすることを目標に定め、生保販売で自信をつけさせることから始めた西澤流は、この教えに通じる。
2010年4月、保険金サービス企画部などを担当する常務執行役員になり、いまも社員のあるべき姿を示す「SCクレド」を作成する。SCは保険金の支払い業務などを担うサービスセンターを指し、新人時代に5年間、名古屋で担当して「お客第一」の心構えを磨いた原点だ。
クレドはラテン語で「信条」の意味で、お客に対して優先すべきことを7項目にまとめた。目標は「もっとお客に寄り添い、もっともっと満足してもらい、また選ばれるようになる」にある。現場の「やりがい」も考慮し、数千のお客の苦情や感想を読み、多数の担当者の意見を重ねて分析した。さらに現場の声を聞く場へ出向き、議論の真っただ中にも入る。「知所先後」に、狂いはない。
SCクレドは、東日本大震災や熊本地震のときも、昨年暮れの新潟県・糸魚川の大火やこの7月の台風による秋田県の水害でも、サービス担当者たちは手元に置き、開きながら客に対応した。現場として「忘れてはいけない初心」が詰まっていて、定着した。無論、価値観の多様化も進むから、進化が必要で、いま見直し中だ。
2016年4月に社長になり、最も力を入れたのが現場巡りだ。多くの経営者がやってきたことだが、その徹底度は際立つ。年末までに会ったお客や代理店は、数えると2443人になる。たくさんの生の声に触れ、損害保険の枠を超え、いち早く本格参入した介護事業など社会に高まるニーズをつかみ、新たな目標を設定し、実践の優先順位を固めるためだ。
年が明け、年頭に全社員に呼びかけた。「損保ジャパン日本興亜は、誕生してまだ3年目の若い会社です。会社のDNAと言える強みは、いまいる我々がつくり上げていくしかありません。20年後、30年後、この会社の若い社員たちが誇りを持てるDNAを、一人一人が主役となって、つくり上げていきましょう」。新たな目標の設定と優先順位づけが、そのDNAを誕生させるのだろう。
1958年、東京都生まれ。80年慶應義塾大学経済学部卒業後、安田火災海上保険に入社。人事課長、損害保険ジャパン自動車業務部長などを経て、2008年執行役員営業企画部長、10年常務執行役員、13年専務執行役員、14年損害保険ジャパン日本興亜専務執行役員。16年4月より現職。