公的保険に先がけ「未踏の地」へ挑戦

1989年5月まで2年間務めた火災新種業務部の企画課長のとき、介護費用保険と青年アクティブライフ総合保険という、個人向けの新商品をつくった。40代を迎えたころだ。入社以来、ずっと企業向けの保険分野を歩み、新種保険の開発と営業がほぼ半々の経歴。自動車保険や住宅の火災保険など本流と言える分野の経験はなく、ニッチな世界が続いた。

東京海上ホールディングス会長 隅 修三

損害保険の原点は、加入者間で「リスクを分け合う」ことで、さらには保険の対象を分散することで損保会社のリスクも分散する。ニッチな分野は、その一環を担っているし、収益性もあった。常に自然体でこなし、初の個人向け保険でも、とくには構えない。