今回の大手術に最も適した第一線の3人の管理職に、全権をゆだねるとする方針が、3人が掛け合うこともなく経営層の方から伝えられたのである。
とはいえ、すべてがスムーズに進むわけはない。中嶋がプロジェクトに組み込まれたのは、システム開発の立場で不払い防止策と取り組んでいた矢先のことだ。
「保険金・給付金を間違いなく支払えるためのシステム開発に入る、まさにそんなタイミングでした」
支払い査定が容易にできるシステム開発の立ち上げには、例えばアウトソーシングを含む、IT専門家との共同作業が不可欠となる。その体制も整備しなくてはならない。既存の支払いと新商品プロジェクト、どちらを優先させるか、スケジュールとの戦いが始まった。
保険金の支払い業務を主に担当する井藤には井藤で「考え」があった。約款をわかりやすいものに変える、という点では他の2人と一致していたが、「機械的作業でつくり上げたものだけで顧客満足を得られるのか、という疑問があり、医師の協力も得て、何とか付加サービスを確立したい」と井藤は考えていた。
例えば、「手術給付金」。「ご請求をいただいても、『手術が対象外でお支払いできません』というのは大変つらかった」と井藤は語る。「公的医療保険制度の対象となる手術等を保障する」という竹森の案を見て、「支払い基準の見える化の観点からも大賛成。だが、さらにそのことをいかにわかりやすくお客様にお伝えしてゆくかが重要なことだ」と考えた。
そこで、医療関係者等からの情報収集等も踏まえ、最終的に「病院から発行される領収書等の『手術』『放射線治療』欄の診療報酬の記載有無で確認できる」ものを対象とする旨を契約時に説明する、あるいはパンフレットに明記するという形で落着することになった。また手術給付金についても顧客利便性の高い枠組みが設定されることになった。従来の給付金は手術の種類に応じて「5倍」「10倍」「20倍」「40倍」と細分化されていたが、新商品は「一律20倍支払い(日帰りは5倍)」に一本化した。
金融庁からの業務改善命令を受けて、発売は10月と決めた。作業を進める中、帰宅時の時計の針が「翌日」を告げていることも稀ではなくなっていた。