デジタル化と野生のバランス

【為末】テクノロジーと身体の関係性についてお伺いします。テクノロジーの進化は止めることは出来ないと思いますが、行き過ぎると弊害もあると感じています。私は子供向けのランニング教室を開いていますが、子供たちを前にして話しているとき、なんとなく彼らの頭が前方に傾いているように感じました。昔の私の写真と見比べてみても、明らかに違います。もしかすると、スマートフォンを常に見ていることと少なからず関係があるのではないか、と。テクノロジーは便利な一方で弊害もある。デジタル化と野生の最適なバランスはあるのでしょうか?

【レイティ】現実も受け止めなくてはなりません。スマホをいじっているより面白いことがあるという事実を教えるのも大切です。外に出て自然に触れる、人と会う、小さな集団の中で価値を共有しながら共に過ごすことが重要だと考えます。でも、もちろん、テクノロジーを用いて運動を促進することも出来ます。『DDR(ダンスダンスレボリューション)』、『Wii Fit』。『PokemonGo』は革命的です。それによって子供たちが実際に身体を動かすようになりました。『Fitbit』を装着したある子供は父親から毎日1万歩、歩くように言われていたのですが『PokemonGo』が出た途端「パパ、今日は4万歩も歩いたよ」と(笑)。人を動かすという分野においては、テクノロジーにこれからも期待したいと思っています。

【為末】機具が進化することによって運動のパフォーマンスが向上する一方で、自分本来の能力はどのように開発すれば良いと考えますか?

【レイティ】レジリエンス(耐性、回復力)を付けていくことではないかと思います。自分に何が可能かを意識し、困難な状況であっても継続出来るという自信を持つことです。そのためには、いかなることにも挑戦すべきですし、困難に直面しても耐えなくてはなりません。トレーニングについても言えることです。時には、普段よりも強い負荷をかけてみる。安全圏を少し離れて自分自身に挑戦することで、より強い耐性を手に入れることが出来るはずです。前述したタバタ式トレーニングがまさに当てはまるでしょう。ただ、どんな運動についても言えることですが、理想の形にどうアプローチするのかを考え、段階を踏みながら身体を慣らしていくことが肝要であると思います。

▼編集後記

レイティ博士は現在、研究パートナーと共に新たな書籍の執筆に取り組んでいるという。仮タイトルは『ADHD2.0』。現在、神経科学の分野で新たな研究が進展しており、過去に論じられてきた項目とは異なる脳の機能が判明しつつあるようだ。「脳と運動」の権威が展開する、新たな理論に期待したい。

ジョン・レイティ博士 (John J. Ratey, MD)
ハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授。神経精神医学の世界的な専門家。ADHDを初めて分かりやすく説明した『へんてこな贈り物』(インターメディカル)をエドワード・ハロウェル医師と共著で発表したほか、著書・論文多数。ベストセラー『脳を鍛えるには運動しかない! 』(NHK出版)により脳と運動の繋がりに関する世界的権威の一人となり、近著『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』(NHK出版)では、人間が本来持つ野生の力をいかに現代生活において活かし、心身の最適化を図るかを論じた。カリフォルニア州政府の運動に関する委員会においてアドバイザリーボードの共同議長を務めるほか、国立台湾体育運動大学非常勤教授、台湾総統および韓国教育省のコンサルタントを務めるなど世界中で活動している。精神科医としても1997年以来、Best Doctor in Americaの一人に選ばれ続けているほか、2016年はマサチューセッツ州精神科医協会より「2016年の卓越した精神科医」に選ばれている。また一般社団法人日本運動療育協会の特別顧問を務めるなど、世界中で子どもの運動療育にも力を入れている。
為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダルを勝ち取る。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2013年5月現在)。2003年、大阪ガスを退社し、プロに転向。2012年、日本陸上競技選手権大会を最後に25年間の現役生活から引退。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍を経営している。著書に『諦める力』『逃げる自由』(ともにプレジデント社)などがある。
(構成・撮影=吉田直人)
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