【為末】本来人間が暮らしていた所は不整地で、凹凸やぬかるみに意識を向けてそれを避けながら移動していたはず。ただ現在では、整備された道を走っている。最近頻繁に用いられる「マインドフル」という言葉は、今目の前の瞬間に集中することで、余計な考えを捨て去る、そんなイメージですか?
【レイティ】その通り。緊急時や、競技中といった場面においては、明日のことは考えず、「その時間」に没入しているはずです。現代において、我々は多くの時間を別のことに意識を向けて過ごしています。未来のこと、過去のこと。その瞬間に意識を集中していることは滅多にない。今、様々な研究が「如何にしてゾーン(集中状態)に入るか」ということに費やされています。注意散漫な状態を抑制するには、今を意識することです。その為にも、「運動」と「瞑想」は重要なのです。
マインドフルな状態になるためのAI
【為末】テクノロジーの世界では「今この瞬間」というよりも、未来を見据えたり、過去を振り返ったりする場合も多いのではないかと感じます。しかし、人工知能を始めとしたテクノロジー分野の研究者がむしろ、マインドフルの概念に惹かれているという側面もあるということですね。彼らはマインドフルになることでどのような実感を得ようとしているのでしょうか?
【レイティ】ハイテク業界の人々は、様々な仕事を効率化する為に瞑想を活用しているという側面もあるのではないでしょうか。マインドフルな状態になるためのAIを開発している人たちもいます。グーグルやアマゾンは、様々な個人情報に基いて、われわれを「よりよい自分に」に仕立ててくれるAIを開発しています。自分の長所は何か、それを最大限引き出すにはどうすればよいか……。しかし、そういったコーチングを常時行ってくれる存在がいなくても、そのような理想の自分をイメージすることが大切ではないかと思います。
「自分が本当にしたいことは何か」
【為末】私自身の競技体験で難しかったのが「自分が本当にしたいことは何か」というテーマです。「自分は何が欲しいのかを知る」ということは本来の自分に立ち返る上でとても幸せなことではないかと。そうでないと、色々な物事に振り回されてしまうと思うんですね。そういった悩みを持っている人にアドバイスを送るとしたら?
【レイティ】まず自分の価値がどこにあるのかを考えるべきでしょう。そしてそれが自分の求めるものなのかを考えて見て下さい。それはあなたを幸福にしてくれますか? ハーバード大学には数年前から『幸福論』という講義があります。講師のタル・ベン・シャハー氏はスカッシュのイスラエル王者でしたが、優勝を手にしたあと「この先、自分は何をしたいのか?」という壁に直面しました。「何が我々を幸せにするか」という彼の講義はハーバードでも一番人気となりました。大切なことは、他人との繋がりなのです。
現在、あるグループと研究を行っていますが、年配になるほど引きこもってしまうというデータがあります。米国の高齢者医療制度では、社会的な繋がりをつくることが推奨されています。というのも、老後の健康と関連性が深いのは、家族や友人など、周囲とのコネクションの強さだと言われているからです。他人との繋がりは、ウェルビーイング(=身体的・精神的・社会的に良好な状態)を保つ上での鍵になるのです。