1万個を超す試作の山の末に
だが、その開発は困難を極めた。
「当初は3カ月で作れると思っていましたが、結局3年かかりました。でも、必ずできると思っていたので、途中でやめる気はなかったですね」と邦裕は言う。
最大の難関は鋳物にホーローを焼き付ける技術だった。ガラス質の釉薬を吹き付けて焼くホーロー加工は、約800度で焼成するが、740度付近で鋳物内の炭素が気化し、表面が泡状になってしまう。当時、鋳物のホーロー加工技術はフランスの数社が持っていただけなので、自社開発するしかなかった。
ホーローメーカーと協力しながら釉薬に改良を加え、1年かけて、ある成分を添加することで、ようやく完成した。
また、3ミリという肉厚で、取っ手などの複雑な形を精密に成形することも大変だった。鋳鉄の成分や流し込み方を試行錯誤し、精度を上げていった。さらに、ホーロー加工時に800度で焼成すると、熱でゆがみが発生するので、強度の高さも必要だった。
邦裕によれば、通常、鋳鉄の組成は鉄、炭素、ケイ素など7元素からなるが、最適な成分構成を求めて、13元素を微量単位で変化させながら試作を繰り返した。試作は1万点を超え、山のように積み上がった。周囲からは「いつまでがんばってもできるわけないよ」とあきれられたという。だが少しずつ改良し、不良率も大幅に低下していった。
こうして、2009年11月頃には商品として完成した。バーミキュラという名前は鋳鉄の材料であり、熱伝導率が高く強度もある「コンパクテッド・バーミキュラ」に由来する。
開発中から土方兄弟は売り方も考えていた。問屋に依存するような売り方はせず、自分たちで売ると決めていた。そのためにブランディング戦略も考えた。名称もその一つである。
「この小さな会社の商品を認知してもらうには宣伝ではなく、誰かに評価してもらうことが先決だと考えました。そこで、市販を始める前に有名な料理評論家やブロガーに送って使ってもらうことにしたのです」と智晴。
この戦略が当たり、評論家の評判がSNSで広がった。レシピ本も自社制作し、バーミキュラの使い方も広めた。ハードを売る前にソフトを売ったのである。その結果、2011年2月の発売前から予約が殺到し、その評判を聞きつけたメディアが報道して、さらに人気を呼んだ。
当初は生産ラインの一部を使って、月産50個ほどの体制で作っていたために、たちまち注文が積み上がり、納品まで15カ月待ちという状態になった。その後、生産ラインを増強、月産3000~4000個に引き上げ、現在は5000個になったが、それでも追いつかない。さらに1万個体制の準備中で、将来的には2万個まで増強したいという。