北方領土返還の条件に出された大胆不敵な提案

5月ソチ、9月ウラジオストク、11月リマ(ペルー)、そして12回行っている。ウラジオストクの会談後は「領土交渉の道筋が見えた」と上機嫌で手応えを口にしていた安倍首相が、リマの会談後は顔色が変わっていたという。このときプーチン大統領から何を言われたのか。推測するにこういうことではないか。

「北方領土(少なくとも二島)は返してやってもいい。しかし、主権が移って日本の領土になるということは日米安全保障条約の対象になるということか? もしアメリカが北方領土にミサイル基地でも造るとでも言い出したら、お前は断れるのか?」

ロシアとしてはせっかく返した北方領土に米軍基地を造られたら堪らない。しかし、(日本の領土という大義名分で)尖閣まで守ってほしいと懇願している日本政府が、アメリカに対して「北方領土だけは安保対象から外してくれ」などと言えるわけがない。その意味で、「日本が“独立した国”として自分で意思決定できるまで、領土交渉は進まない」というロシアのラブロフ外相の発言は間違っていない。返答に窮した安倍首相にプーチン大統領は、ぶっちゃけ、こう持ちかけたのではないか。

「無理だよな。そもそも沖縄返還を秤にかけて、二島返還と平和条約の締結を邪魔したのはアメリカだ。日本はそれを受け入れて、お前の大叔父の佐藤栄作は沖縄を返してもらった。ならば北方領土も同じ条件でどうだ?」

沖縄返還に際して、「ダレスの恫喝」以外に、もう一つ大きな付帯条件があった。外務省はひた隠しにしているが「沖縄の民政は返還しても軍政は返さない」、ということである。オスプレイが沖縄に配備されても、事故を起こしても政府が文句一つ言えないのは、軍政に関しては日本の主権が及ばないからだ。この一部は日本でも「日米地位協定」といういい加減な取り決めで知られている。しかし軍政の主権が返還されてないことを、日本政府は今日まで国民に説明してこなかった。

プーチン大統領から北方領土問題の歴史的な因果を含められ、大胆不敵な提案(民政は返してやるが軍政は安保の対象になるのを避けるためロシアが当面は担当する)を受けた安倍首相はさぞかし呻吟し、領土問題の根深さ、難しさを思い知ったに違いない。「私の世代で北方領土問題に終止符を打つ」と決意した安倍首相は、一人悶々と解決策を考えて、次のステップに踏み出さなければならない。誰かに相談したら、潰されるリスクが高くなるからだ(現に外務省の谷内正太郎元事務次官はロシアの高官に北方領土が返還されれば日米安保の対象になりうる、と答えたと言われている)。一人で交渉に当たっただけに深い谷底を覗いた安倍首相の孤独な心情は察するに余りある。

12月の首脳会談では「特別な制度の下での共同経済活動」という方向性が示された。「特別な制度」とは、主権を分けて経済活動を優先させる沖縄返還方式を意味している、という見方もできる。当面はアメリカの干渉を招く領土問題を棚上げして、「平和条約」でエネルギーや観光交流など日本にもメリットのある作業に集中することだ。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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