改憲案がまとまるか国会の最後の採決までわからない

【塩田】自民党の憲法改正草案では、新しい章を設けて「緊急事態」の規定を新設していますが、一時的な措置とはいえ、内閣または内閣総理大臣の権限で国民の基本的人権を制約する条項には、公明党や維新からも反対の声が聞こえてきます。

【中谷】想定外の事態に、政府は機能不全の状態を回復して一時的、臨時的に国民の生命、財産を守る必要があります。それが恣意的に行われないことが大事で、チェックするのは国会です。その場合、国家が機能しないとチェックできません。そういう意味で、衆議院の解散中に緊急事態となった場合にどうするかという問題は与野党共通の認識で、これに反対する人はあまりいないと思います。きちんと整備しておくことが絶対に必要だということで、改正草案に書きました。

【塩田】民進党はともかく、憲法改正容認の自民党、公明党、維新の間でも、改憲案の中身について大きな違いがあります。合計で「3分の2」到達といっても、見方を変えれば各党に拒否権があるともいえますが、自民党は他党の主張をどこまで許容できますか。

『安倍晋三の憲法戦争』塩田 潮(著)・プレジデント社刊

【中谷】改憲案がまとまるかどうかは、国会で最後の採決の瞬間まで、誰にもわからないんですね。まだ全然、白紙です。幅広い合意が必要です。

【塩田】改憲は最後に国民投票での承認が必要ですが、改憲肯定派の国民の中にも、改憲は経済や国民生活、雇用、人口減社会対策、安全保障など山積している課題を後回しにして急いで取り組むような政治の最重要課題ではないという声が根強く存在します。国民の憲法に対する「冷めた目」は、実は改憲実現の最大の壁ではないかと思いますが。

【中谷】景気、雇用、社会保障などが重要課題であるのは間違いありません。ただ、憲法改正も国民が真剣に取り組むべき課題と考えている人もいるわけです。今年の11月3日で現憲法公布70年です。先述の3大原理が果たしてきた役割は大きく、完全に日本社会に定着していますが、安全保障の問題とか、議員定数をめぐる1票の格差の問題など、憲法に関する現実の課題もありますので、そういう点を協議する必要はあろうかと思います。

【塩田】これから国会で憲法をめぐる協議が本格化すると思いますが、12年に自民党の改正草案の策定で起草委員長を務めた点も踏まえて、これからご自身でどういう役割を担わなければ、と思っていますか。

【中谷】何よりも熟議ですので、各党の考えを述べる機会をつくり、深く意見交換して議論し、共通の項目の取りまとめができるような環境づくりに努力をしていくことです。防衛相として安全保障法制に取り組んだときも、非常に激しい国会でしたが、担当大臣としては誠意をもって、正直に、ごまかさずに、一つ一つやってきました。誠意は相手に通じると思いますので、正直にやっていきたいなと思っています。

【塩田】憲法をめぐる各党の協議で、もっとも強く懸念される点は何ですか。

【中谷】それは党利党略に陥って、反対のための反対とか、選挙に有利とか不利とか、そういう形になってしまうのが心配です。本来あるべき姿について、各党が率直に考えを述べる。「万機公論に決すべし」で、国の将来のために真摯に臨むべきだと思います。

【塩田】ありがとうございました。

中谷元(なかたに・げん)
衆議院議員・前防衛相・自民党憲法改正推進本部長代理
1957(昭和32)年10月、高知市生まれ。土佐高校卒業後、防衛大学校に進み、80年に本科(理工学専攻)卒業。陸上自衛官となり、84年に陸上自衛隊普通科連隊小銃小隊長・レンジャー教官担当二等陸尉で退官。85年に衆議院議員の加藤紘一(元官房長官)の秘書となる。今井勇(元厚相)、宮沢喜一(元首相)の秘書を経て、90年総選挙で衆議院議員に初当選。以後、連続9回当選(高知全県区、高知2区の後、2014年総選挙から高知1区)。小泉内閣で防衛庁長官となる。14年に安倍内閣で防衛相・安全保障法制担当相に起用され、集団的自衛権行使容認に伴う安保法案の審議・採決が行われた15年の安保国会で担当大臣を務めた。16年8月に退任。一方で、自民党が12年4月に発表した日本国憲法改正草案の策定の際、党憲法改正推進本部事務局長として起草委員会委員長を担当した。著書は『右でも左でもない政治 リベラルの旗』『誰も書けなかった防衛省の真実』など。
(尾崎三朗=撮影)
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