振り込め詐欺が使う「生々しさ」の手口

受け手の錯覚を誘う手口としては、「リアリティ感覚」に訴えるというテクニックもあります。一例として、これからAさんについて紹介します。どんな人か想像してみてください。

Aさんは、35歳の独身で、非常に頭がよく、はっきりとものが言える女性です。彼女は大学時代、社会学を専攻していました。当時、彼女は差別問題に関心を持ち、反核デモにも参加していました。そこで、質問です。現在のAさんは、何をしていると思いますか。次のいずれかから選んでください。

(イ)ある銀行の窓口係をしている。
(ロ)ある銀行の窓口係をしながら女性差別撤廃の運動にも参加している。

もしかして、あなたは(ロ)を選びませんでしたか。これは確率からすると、おかしいのです。窓口係だけであることより、運動家でもあることの確率は当然小さいはずです。しかし、心理学実験の結果でも、多くの人は(ロ)を選ぶことがわかっています。つまり、リアリティ感覚にとらわれることで、誤った判断をしてしまうのです。

図3 「リアリティ」の落とし穴

こうした生々しさは、振り込め詐欺やマインド・コントロールといった犯罪でよく使われています。被害者は、相手のトークにリアリティを感じて騙されてしまう。だから騙す側は、いかにリアリティを演出できるかという点に腐心します。

プレゼンでも、固有名詞や数字、確率を盛り込むことで、リアリティを演出することができます。それはやろうと思えば、ウソをつかずに受け手を錯覚させることもできるでしょう。プレゼンの受け手としては無駄な情報にとらわれず、フラットな判断を心がけたいところです。

相手を簡単に騙せるのであれば、自分も「騙しの手口」を使いたい――。そう考える人もいるかもしれません。しかしビジネスで相手を騙すことには、大きなリスクがあります。信頼の構築には長い時間がかかりますが、信頼を失うのは一瞬です。

相手を説得する方法には、一面提示と両面提示という2つの方法があります。一面提示とはメリットになる情報だけを相手に教える方法。両面提示とはメリットだけでなく、リスクも教えたうえで説得する方法です。

相手を騙すということは、リスクを正しく伝えないわけですから、一面提示での説得です。相手の商品知識が浅い場合には、これは売りやすい方法ですが、もし商品に欠陥があるなどトラブルが起きたときには、一気に信頼を失います。

2011年の福島第一原発での事故がまさにそうでした。震災前まで、国や電力会社は「安全神話」を喧伝していました。ところが事故が起きた。こうなれば「もう原発事故は起きません」と言っても信頼されません。事故のリスクについて、両面提示で説明するべきだったのです。

プレゼンが大げさになることもあるでしょう。そのときは、あくまでも自分で責任の取れる範囲にとどめるべきです。

立正大学 心理学部 教授 西田公昭(にしだ・きみあき)
1960年生まれ。社会心理学者。博士(社会学)。静岡県立大学准教授などを経て現職。『だましの手口』(PHP新書)など著書多数。悪徳商法や破壊的カルトのマインド・コントロール研究の第一人者。
(構成=伊藤達也)
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