テリー・ゴウはなぜシャープを欲しがるのか?

そもそも政府や産業革新機構が海外流出を懸念するような技術がシャープに残されているのだろうか。そんな大層な技術があるなら、こんな体たらくにはなっていまい。

本来、守るべきは技術ではなく人材なのだが、その人材も蜘蛛の子を散らすように抜けて、国内外の競合メーカーに取り込まれてしまった。かつてのシャープの強い個性は失われて、もはや抜け殻のようなものだ。

そんなシャープをテリー・ゴウはなぜ欲しがるのだろうか? 理由はいくつかあるが、一つはホンハイがOEM(発注元のブランドによる生産)やODM(発注元のブランドで販売される製品を設計・製造すること)の受注組み立て専業メーカーだから。受注生産で世界一になっても、ゼロから何かをつくり出した経験がない。そこに強い憧れがある。

自前のブランドを持ったことがない、ということもある。いつかアップルから仕事を切られても、シャープのブランド力にホンハイの生産能力があれば十分に生き残れる。

かてて加えて今の受注生産を続けていくうえでも、シャープという会社組織の機能が大いに役立つ。テリー・ゴウは常に日本の研究をしていて、どこの企業にどんな部品素材や工業機械、生産機械があるか、どこの誰がどういう技術を持っているのかを調べ上げている。それらを取り入れてハイクオリティな受注生産を提供しているのだ。たとえば最初のiPodの美しい白い筐体には、新潟の小林研業という小さな会社の鏡面研磨技術が注ぎ込まれている。

引き続き日本の技術をマークしていくうえで、シャープのような生粋の日本メーカーの購買部隊をワンセット抱える意味は大きい。以上のような理由から、テリー・ゴウは7000億円出してもシャープを手に入れたいのだ。仮に失敗しても彼にとっては“ナイストライ!”で惜しくないだろう。

産業革新機構の志賀俊之会長は非情なカルロス・ゴーンの「日産リバイバルプラン」を間近で見てきた。したがって、恐らくシャープの経営権を取れば、かなり厳しいリストラを断行するに違いない。対してテリー・ゴウは現経営陣も雇用も守ると言っているのだから、シャープがなびくのも当然。図に乗って、シャープはリストラや事業売却をしない旨の誓約書を求めたが、ホンハイはこれには応じなかった。このあたりに身の程をわかっていないシャープ経営陣の本質的な問題が垣間見える。もっともシャープが取締役会決議の前日に出してきたと言われる「偶発債務」は大きな問題だ。シャープが有価証券報告書などで開示しているリスク情報はせいぜい800億円程度といわれているが、本件では何と3500億円くらいの潜在リスクが網羅されているという。時価総額や正味資産を遙かに上回る額で、現実のものとなれば、債務超過ものだ。つまりシャープとはそういう会社(“本当のことを言うと、潰れているんですよ!”)なのだ。

実際にホンハイは交渉期限を引き延ばし潜在リスクの精査を始めた。当然、その結果、破談や条件再交渉もありうるだろう。こうしたことが取締役会決議後に出てくる、というところにシャープ、およびホンハイの異常体質がある。したがって、どちらに転んでも数年はギクシャクした関係が続くのだろう。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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