大統領より上の存在とは、どういう意味か
そもそもスー・チー氏はミャンマーの大統領になる資格がないという問題もある。彼女はオックスフォードの後輩であるイギリス人男性と結婚して2人の息子をもうけているが、ミャンマーの憲法規定で外国籍の配偶者や子供がいる場合、大統領になれない。この規定に抵触するのだ。夫とはすでに死別しているが、子供はイギリス国籍。大統領規定を含めて、国軍に強い権限を与えている現行憲法を改正するためには、国会議席数の4分の3の賛成が必要。しかしミャンマー国会を構成する上院下院には25%の軍人議席枠が存在するため、NLDは残りの全議席を獲得しなければ憲法改正に持ち込めない。単独過半数でもまだ足りないのである。それがわかっているから、選挙前からスー・チー氏は「私は大統領より上の存在になる」と公言してきた。「NLDが勝っても私は大統領にはなれません」と正直に言ったら、有権者の投票意欲にかかわる。従ってそういう物言いをせざるをえなかったと思われる。だが、「大統領より上の存在」とは何なのか、彼女は定義していない。よもや国王になるつもりではあるまいが、民主化のリーダーが民主的な手続きを経ずに、「大統領より上」の立場に就くというのもおかしな話だ。
現行憲法の下で何としても大統領になって国民を導きたいと思うのなら、子供の国籍を移すことだってできるはずだ。しかし、それをしないのは、子供たちはイギリス国籍のままにしておきたいと考える理由があるからだろう。ミャンマーの将来に対して明確な自信がないことの裏返し、と勘繰られても仕方がない。
政治の表舞台から退場したとはいえ、ミャンマー国軍は隠然たる力を持っている。憲法が規定する国家安全保障委員会はメンバー11人のうち6人が軍部から選出される。この委員会が非常事態を宣言すると、戒厳令を発令したり、議会を解散したりできる。つまり、時の政府をひっくり返す権限を持っているのだ。委員会メンバーの過半数が軍人ということは、クーデターの権利を軍が握っていることになる。「大統領より上」のスー・チー氏が独裁に走ったり、国軍を締め付けたりするような政策を採った場合、非常事態宣言が発令されて再び軍政に戻る可能性もあるわけだ。