貧しさから赤ちゃんがゴミ箱に捨てられる国
最初わたしは「サンさん」と呼んだ。そしたら紹介してくれた人が笑って「彼女の呼び名はサンサンなのよ」と言った。おっと、敬称をつけると「サンサンさん」なのであった。もうそれで、サンサンさんのお名前は忘れられなくなった。
シャンシャンシャンシャンシャンシャン!
電車のドアが開くたびにクマゼミの大合唱が押し寄せてきて、あぁ夏の関西に来たな、と思う。西大路、桂川、長岡京……と駅名に旅情を感じながら、摂津富田駅に到着。そこから徒歩25分、曇り空なのにすごく暑い道をだらだらくねくねと辿って、サンサンさんのいるキリスト教会を訪ねた。
「ようこそいらっしゃいました。まずはクーラーの部屋で休んで、それから話しましょうね。冷たいお茶も、さあどうぞどうぞ」
優しくて明るい声で出迎えてくれた。日本語はとてもなめらか。そこから5時間ぶっ通しでサンサンさんの話を聞いた。どんなにつらい話でもサンサンさんの声は優しさと明るさを失わなかった。この人はこの声で他者を励まし、自分を励まし、生きてきたのだと思った。
サンサンさんは1972年、大都会ヤンゴンの中心部で生まれた。兄が3人と姉がひとりいる、5人きょうだいの末っ子だ。
「父は軍のキャプテン、母は軍の看護師をしていました。軍の中では男女が付き合ったらいけない決まりだったんだけど、それでもふたりは付き合って、母は軍を離れて産婦人科病院の看護師さんになりました」
ところが末っ子のサンサンさんが生まれて1年くらいで、お父さんが亡くなってしまう。
お母さんの肩に、5人の子どもの生活がのしかかった。さらにお母さん自身が8人きょうだいの一番上で、弟や妹の面倒をみる必要もあった。それだけではない。サンサンさんの母親はとんでもなく奇特な人だった。
「ミャンマーでは貧しくて子どもを育てられない家がたくさんあって、赤ちゃんはバス停やゴミ箱に捨てられるんです。その赤ちゃんは母の勤務先である産婦人科に連れてこられる。母はそういう子を見るとね、やっぱりかわいいからね……」
ただでさえ苦しい暮らしなのに、捨て子を引き取ってしまうのだ。