バングラデシュ南部には、世界最大の難民キャンプがある。身を寄せているのは、隣国ミャンマーから逃れてきたイスラム教徒のロヒンギャだ。「世界でもっとも迫害された少数民族」が虐げられている実態を、国境なき医師団・日本事務局長の村田慎二郎さんがリポートする――。

※本稿は、村田慎二郎『「国境なき医師団」の僕が世界一過酷な場所で見つけた命の次に大事なこと』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

焼け落ちたロヒンギャ難民キャンプ
写真=AFP/時事通信フォト
2021年3月23日、バングラデシュ南東部コックスバザールで、焼け落ちたミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ難民キャンプ(バングラデシュ)

「ふるさとに帰りたい」のだと思っていたが…

「もし明日、ミャンマーとバングラデシュとの国境が開いて自分のふるさとに帰れるとしたら、ミャンマーに帰りたいですか?」

国境なき医師団でボランティアとして働くロヒンギャの女性たちに、僕はそう聞いてみた。

「それは、当然です」と口々に言われるだろうと予想していた。ところが、彼女たちから出てきた言葉はまったく異なった。

「いいえ。私たちはむしろ、バングラデシュで死にます」

そのときの彼女たちの目――。その奥には、強い意志があるように見えた。

バングラデシュ南部のコックスバザールという町にある、世界最大の難民キャンプ。「世界でもっとも迫害された少数民族」といわれるロヒンギャの人たちが、90万人規模でそこでの避難生活を余儀なくされている。

ボランティアの彼女たちも、竹と防水シートでつくられた簡易シェルターが見渡す限り密集しているキャンプで暮らしている。周りはフェンスで囲われ、丘陵地を切り開いて一時的な措置でつくられた場所に、もう何年も閉じ込められている。

2022年の7月に訪れたが、キャンプの環境は悪い。高い気温と湿度のせいで、まるでサウナの中を歩いているようだった。

750円分のワイロが払えずに、赤ちゃんを亡くした

他の人道援助団体の水と衛生面での支援は滞っており、下痢や疥癬かいせんと呼ばれる皮膚病がまん延している。キャンプ内の区画間での移動の自由はないので、ロヒンギャの人たちは自分が住む区画にある医療施設のみ利用できる。

だが、キャンプで大流行している疥癬やC型肝炎、糖尿病の薬を提供できるのは、国境なき医師団の病院だけ。そのため、遠回りをしてでも区画をなんとか越えてやってくる患者が病院には殺到していた。

そのキャンプでは、こんな悲劇も起こる。

ある晩、27歳の女性は何週間も具合が悪く国境なき医師団の病院でてもらおうと区画を越えるために検問所を通ろうとした。

ところが、その検問所の警察官に通るにはお金を払うよう要求される。ロヒンギャの人たちにキャンプ内で生計を立てる手段はほとんどない。

日本円にしてたったの300円が払えなかったその女性はあきらめて帰り、数日後に死亡した。

また、ある35歳の女性は妊娠していた。陣痛が激しくなり、国境なき医師団の病院を目指したが同じように検問所でひっかかった。

日本円で750円ほどのワイロを要求され、それが払えなかった彼女は、なんとその検問所で赤ちゃんを出産せざるをえなかった。そして残念ながら合併症を引きおこし、その赤ちゃんは数日後に死亡してしまう。

このような話は、あげたらきりがない。