【丹羽】羽生さんは非常に自己抑制的に見えるけど、どうすればそうなるのですか。ガンジーは自己抑制のために、身体、知力、そして精神力の訓練が欠かせないと主張しました。ただ、3つ目の精神力の訓練は難しい。私の言葉でいうと精神の鍛練は「心育」ですが、心育は2500年ほど前のアリストテレスのころからずっと議論されてきて、いまだにこれという方法が見つかっていない。結局、普段の生活から抑制するしかないと思うのだけれど、どうでしょう。
【羽生】生活というより、将棋自体が抑制的なものかもしれません。テニスでフルスイングすると、ボールがコートの外まで飛んでいってしまって試合になりませんよね。だから、パワーのある選手も力の加減をしながら打ちます。将棋も似たところがあって、これはやりすぎじゃないか、本当にこれでいいのかと加減しながら手を選んでいます。私が自己抑制的だとしたら、将棋のそうした側面が影響しているのではないでしょうか。
【丹羽】なるほど。平常心を保つためにほかに心がけていることはありますか。たとえば入社試験のときにアガって実力を出せない人がいるでしょう。そういう若い人に、何か参考になるアドバイスがあればぜひ教えてほしい。
【羽生】私自身意識しているのは、一生懸命やることでしょうか。もちろん何を一生懸命やるのかという中身も大事なのですが、精神状態についていうと、一生懸命にやり尽くしたという事実が大きい。もうこれ以上はやれないというところまでやれば、本番ではいい意味で開き直れますから。
【丹羽】京大アメフト部の水野弥一元監督も、同じ趣旨のことをおっしゃっていました。選手に限界まで練習させると、試合では「勝っても負けても自分たちはこれしかできないのだから、普段どおりやれることをやろう」という気持ちになるそうです。私もそう思いますね。本番で心が揺れるのは、「もっと練習すればよかったかも」と考える余地があるから。試験を受ける人も、悔いが残らないくらいに勉強し尽くせば、平常心で本番を迎えられるのでしょう。