【丹羽】おっしゃるとおりですね。経営でも、相手と5分くらい話していて「この人は相当出世する」とピンとくることがあります。そうした直感は、若くて経験が足りないときはよくわからなかった。人生経験だったり、自分の専門分野の経験を相当積み重ねて、ようやくひらめきが働くのでしょう。ところで羽生さんは、直感も直観も両方必要だとおっしゃった。このときに、直観が導いた答えと直感で出た答えが食い違ったらどうしますか。定跡ではこう指すはずがないのだけど、内なる声のひらめきで「こう指したい」といっているような場合です。

【羽生】将棋はこれまで蓄積されてきた膨大なデータが体系化されていて、そこを外れてうまくいくケースは少ないんです。ただ、体系化されたところはすでに棋士同士で共通認識になっているので、その場所で対局しても勝負がつきづらい。棋士はお互いにこれまでになかったところを探しながらやっているところがあるので、新しい手が直感的にひらめいたときはすごく悩みます。うまくいかないかもしれないけど、指してみる価値があるんじゃないか。いつもそこで葛藤しています。

【丹羽】勝負のときの心の持ちようについても聞かせてください。私は心の状態が力を大きく左右すると思っています。たとえばゴルフのタイガー・ウッズは他を寄せつけない実力の持ち主だったでしょう。しかし、私生活のトラブルもあって、今年の全米オープンでも予選落ちしてしまった。彼の調子が悪いのは、心が安定していなくて実力を発揮できていないからです。経済用語にたとえるなら、実質GDPと名目GDPの違いのようなものです。実力は前年と実質的に変わらなくても、心の環境の変化によって表に出る数値が上がったり下がったりする。

【羽生】将棋でも、心や体の状態と判断力は密接に関係しています。私の場合、バロメーターは、答えを見つけることが時間的な制約があって難しいときに、踏ん切りよく手が選べるかどうか。思い切って選べる日は調子がよくて、逆に迷ったりためらう場面が多い日は心や体の状態がよくなかったりします。