ちょっと疲れているときのほうがいい

【丹羽】調子が悪い日は、判断も間違えますか。

【羽生】そうですね。ただ、心身ともに絶好調ならいいというわけでもないのです。むしろ、ちょっと疲れているぐらいのときのほうが感覚は研ぎ澄まされています。その日に集中できるかどうかは、その日になってみないとわかりません。天気みたいなもので、晴れの日もあれば、雨の日もある。雨の日だとよくないのですが、1年中ずっと晴れ続けることはないので、調子がよくない日は「そういう日もある」と割り切るようにしています。

【丹羽】たとえば出がけに奥さんと喧嘩すると、イライラして対局に影響したりしませんか。

【羽生】将棋の対局は時間が長いので、何かアクシデントが起きて心が乱れても、わりとリカバリーしやすいです。テニスの試合を見ていると、不利な場面で審判にクレームをつけて試合を止める選手がいますよね。なぜ判定が覆らないのに文句をいうのか。あれは心を落ち着かせるための時間稼ぎでしょう。心がざわついても、時間が解決してくれることは多いと思います。

【丹羽】長期ではどうでしょう。タイガーはスランプが長いけれど。

【羽生】将棋でいうと、自分の持っているスタイルが時代の流行とマッチしているときは調子がいいです。でも1~2年でまた流行が変わると、集中しづらくなってくる。ここは難しいところです。時代にうまく合わせると気持ちは安定するのですが、合わせすぎると自分の個性が死んでしまうので……。

【丹羽】私は、自分の実力を最大限に発揮したければ平常心を失わないことが何より重要じゃないかと考えています。マハトマ・ガンジーは、人間の条件は自己抑制できることだといいました。つまり、自分の心をコントロールできない人は動物であって、まだ人間になっていないというわけです。

【羽生】感情の起伏を完全になくすのは難しい気がしますが、感情が揺らいだときに自分なりに折り合いをつけることは大事なことでしょうね。