夢は破天荒なほうがいい

――川田会長にとっても、希望学から学んだことは多かったのではないでしょうか。

【川田】多かったですよ。夢とは見るものではなく、実現するものである。夢への道しるべを具体化し、共有し、実現に向けてチャレンジすることが夢の実現につながる。我々はこれまで夢に向かってがむしゃらに突き進んできましたが、「夢とはこういうもの」と改めて教えていただきました。

――1988年の社長就任時に掲げた経営戦略の一つである「IT化・ビジネスモデルの転換」が、約30年かけてようやく、「ビスコテックス」というアパレルのパーソナルオーダーシステムとして実現しました(連載第4回参照 http://president.jp/articles/-/14642)。このようにかなり先の未来の夢の場合、社員の方々にとっては遠い未来に感じられてしまい、夢の共有は容易ではなかったのではないでしょうか。

【川田】私はつねに「この先、セーレンがどうあるべきか」を考えて道しるべを示してきましたが、当時の状況を考えると、破天荒すぎた夢だったかもしれませんね。

【中村】夢は破天荒であることが、むしろ重要だと思いますね。すぐに手が届きそうな夢では、大きな変革は望めません。それに、夢や希望の共有はそもそも難しいものなのです。人々が同じことを考えるようになったら、それは全体主義です。

重要なことは、目標を掲げたら、それを皆で共有するんだとトップが言い続けること。そうすることで社員の意識が共通の方向に向かい、夢に到達できるかもしれません。到達できれば、それが成功体験になります。成功体験をバネにさらに次のステップに上るのか、それとも成功体験に安住して成長を止めてしまうのか。ここでさらに前に進むために必要なのも、また希望なのです。

【川田】おっしゃる通りだと思います。社員にとって、実現できる夢かどうかは関係ないのかもしれません。目の前の仕事にがんばって取り組むことで実績に表れたり、評価されたりする。あるいは、本人が「できた!」と感じる。こうした成功体験の積み重ねが、改革を進める力となってきたことは間違いありません。その一方で、進むべきベクトルを示し、社員の意識を夢に向けられるかどうかは、トップの責任なのでしょうね。

【中村】川田会長が一貫してブレない夢を掲げ続けてきたことも、「皆でそこに向かっていくんだ」という方向を指し示し、夢を実現できた大きな要素だと思います。これがもし右や左へとブレていたら、社員もついていくことは難しいでしょう。私は今回、経営史を書くにあたりセーレンの過去25年間をつぶさに見てきましたが、川田会長の夢は入社以来、ほとんどブレていない気がします。

【川田】そうかもしれません。「セーレンをこんな会社にしたい」という思いは、入社以来変わっていませんし(編集部注:染色加工の下請け会社から脱し、自分たちでものを企画開発し、売る会社になるということ)、1988年の社長就任時に掲げた5つの経営戦略も、いまなお継続しています。

【中村】非常に興味深いです。私がこれまでオーラルヒストリーに取り組んだ経営者のなかでは、ダイエー創業者の中内功さんが対照的かもしれません。彼の部下だった川一男さん(元CGC副会長)がおっしゃるには、中内さんはリテールでは失敗していない。リテールを離れて事業を拡大しすぎたことが失敗だったと言います。それに比べて、一貫してブレない軸をお持ちの川田会長は、経営者として非常に稀有な存在と言えるのではないでしょうか。