「数字から数字をひねり出すな」

名誉会長の境地ほどではありませんが、僕の35年のパイロット人生の中でも思い当たることがいくつかありました。ある日、無数の計器に囲まれたコクピットの中で、異常な数値が探さなくても向こうから目に飛び込んでくるような経験をしたことがあります。

それは、飛ぶ前に気象のチャートを何十枚も見ているときにも経験しました。チャートをながめていると飛行の過程のイメージが立体的に頭に浮かんできます。揺れるとデータが示している個所でも、僕の感覚では揺れないと思うと、実際に揺れません。副操縦士に「なぜ、わかったんですか」といくら聞かれても、「勘だな」と答えるしかありません。

僕がよく経営幹部に話すのは、「数字から数字をひねり出すな」ということです。あるロジックのもとに需要予測の数字を算出するだけならば、コンピューターに任せておけばいい。しかし、正しい数字をもとに経営するには、その数字に経営者の考え、意思を込める必要があります。マクロな経済動向からその年の大きなスポーツイベントのようなものまで、様々な要素を加味して需要予測を立てますが、それは既存のロジックをもとにコンピューターで計算しただけです。そのダイレクトな数字に、経営者として考えた自分の意思を落とし込み、反映させることが重要です。

決してミクロの数字を軽視しているわけではありません。最初は、細かい数字を積み上げていき、自分の中に間違いのない確固たるイメージをつくり上げます。イメージができたら新しい情報が入ってくるたびに細かい数字はいったん忘れ、肉づけをしてより精度の高いイメージにしていく。これが面白いのです。社員は年度計画を精密に組み立ててくれますが、どう考えてもこの数字はおかしい、と直感的に違和感を感じることがあるものです。名誉会長は努力を重ねれば、理屈ではなくこうした結論が錬磨された感覚から自然と導き出せると言っているのだと思います。

JAL社長 植木義晴
1952年、京都府生まれ。父親は俳優・片岡千恵蔵。75年、航空大学校を卒業し、日本航空(JAL)に入社、パイロットになる。2007年、ジェイエアに出向。10年、執行役員(運行担当)に。専務執行役員を経て12年、元パイロットとして同社初の代表取締役社長に就任、現在に至る。
(吉田茂人=構成 小倉和徳=撮影)
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