面白いことに、これほどまでに日々のコストカットを強調する名誉会長が、「目先の利益にこだわるな」ともおっしゃるのです。多くの人には矛盾に感じるでしょうが、僕にはその意味がとてもよくわかります。高い目標を達成するために、目先の利益にこだわらずに大局的な判断をすることと、目先の利益のために必死になることを両立させることこそが、究極の経営であり、最高のリーダーシップということなのだ、とおっしゃっていると理解しています。
よく名誉会長は「経営に関する数字は、すべてがいかなる操作も加えられない、経営の実態を表す唯一の真実を示すものでなければならない」とご指摘されています。私は名誉会長の側にいて数字やデータに対して厳しく取り組む姿勢と確かな分析力、そして正しい数字に基づく経営とは何かを学びました。
名誉会長の出席する月1回の業績報告会がありますが、僕らは予定実績採算表をもとにその月の予定、実績、来月の見通しを説明します。報告を聞きながら名誉会長は、数字がびっしり書き込まれたA3の用紙を縦、横、斜めとじっくり見て、次から次へと質問をします。自分なりにプロットを作り、おかしいと思う点が浮かんでくるのでしょう。
その根底にはしっかり細部を見なければ全体をとらえることができないという考えがあり、その結果、企業活動の実態が正確に把握できるというのです。「それにしても、なんであんな細かい数字を見つけられるのですか」と聞いたところ、「おかしなところはな、向こうから数字が飛び込んでくるんや」と言うのです。
東日本大震災直後に、名誉会長が「5月から持ち直す。今年度は4桁の黒字は達成可能」と予言のように言い当てたときも驚かされました。僕らの予想では6月ごろまでは需要が落ち込み、せいぜい数百億円の利益が出ればいいと思っていた。ところが結果は名誉会長の予想通り。あとで「何であんな予想ができたんですか」と尋ねたところ、「俺もわからんけど、そんなもんなんや」という答えでした。これを偶然、あるいは神業といった言葉で片づけるのは簡単ですが、「数字が飛び込んでくる」というのと同じように、50年間も経営の最前線に立ち続け、常に未来を見据えてきた人だけが持ちうる能力、それこそ感性だと思います。