抗がん剤の効果を副作用が逆転する時

しかし、勝てる戦争ばかりとは限りません。国家は未来永劫、続く可能性もありますが、人間の身体はいつかは必ず滅びます……。つまり、いつかは必ず負け戦を経験するのです。

戦局が決し、もう勝ち目がないという状態になった場合、将軍が武器や爆弾を使い続けたらどうなるでしょう。戦地である国土はさらに荒廃し、国民はどんどん死んでいき、犠牲が増大します。しかし専門家である将軍は「負け戦なので、降伏しよう」とは宣言し疲弊しきっているのならば、戦争をやめればいい。戦時体制を解くこと。つまり将軍のもとを離れることです。

もちろん、治療を全否定するつもりはありません。これまで、ぼくも将軍(外科医)として、散々戦ってきました。勝った戦もあれば、負けた戦もありました。そもそも戦うべきではなかったと後悔する治療もあります。

つらい例を挙げますが、「もう、こんなつらい治療はたくさんだ。家に帰りたい」と暴れるからベッドに体幹抑制されて、点滴を抜かないように縛られて、それでも騒ぐと鎮静剤を打たれて、そして意識障害に陥って……そうやって亡くなっていく。

家族は患者さんのためを思い、医師はその期待に応えようとしているのに、最悪の結果になってしまう。

悪循環を断ち切るのが、ぼくの立場、「在宅緩和ケア医」です。

『穏やかな死に医療はいらない』萬田緑平/朝日新書

緩和ケアというのは、死に直面した患者さんや家族の心身の痛みを予防したり和らげたりすることを意味しますが、ぼくは「最期まで自宅で暮らしたい」と願う患者さんのお宅に伺ってケアをしています。ぼくの患者さんの多くはがんを患っていますが、ぼくはがん治療をしません。「治療を諦めるのではない。治療をやめて自分らしく生きるんだ」というのがぼくのモットーです。

わかりやすく言うと、病院で闘病している患者さんに帰宅してもらう。

患者さんが自宅に帰ることについて、病院関係者は、「患者は病院でこれだけつらそうなんだから、家に帰ったらもっとつらいだろう」と思ってしまう。でもそれは想像力不足。患者さんにとって、病院はいわばアウェー(球技等での対外試合)で、自宅は(文字どおり)ホームです。確かに医療環境は劣るかもしれませんが、家のほうが心身ともにリラックスできます。私の経験では70歳の患者さんで7割、80歳で8割、90歳で9割と、高齢になるにつれて家で過ごしたくなるようです。