がんは不治の病ではない。研究の現場を訪ね歩くと、そう感じる。アプローチは1つではない。治療法はあらゆる角度から進化している。研究者たちのほとばしる熱意を感じてほしい──。
がんは、特定の遺伝子変異が積み重なることで発症する。食習慣や発がん物質への暴露などの環境因子や生命活動の中で生じる化学反応により、後天的に変異が生じるケースがほとんどだ。しかし「がん患者の1割程度は、生まれつきの遺伝子変異が大きな要因となっている可能性がある」と埼玉県立がんセンターの赤木究医師はいう。
ヒトはそれぞれの両親から遺伝子セットを受け継ぐので、同じ役割の遺伝子を2つ持っている。例えば、がん抑制遺伝子として有名な「p53遺伝子」は、2つとも正常であれば、がん化する細胞を自死(アポトーシス)へと誘導する働きがある。しかし、変異により機能が失われると自死が誘導されにくくなり、がんが生じやすくなる。
こうした変異を両親のどちらか一方から受け継いだ場合は、正常な2つを持つ人たちに比べ、若くしてがんを発症しやすい。また、体中の細胞に変異が伝わっているため、さまざまな臓器でがんを発症する可能性がある。それに加え、タバコなどの環境因子が加わることにより、変異の蓄積が加速され、発症も加速してしまう。
これまでに、特定のがんとの関係が深い原因遺伝子が多く判明している。その原因遺伝子に変異があれば、特定の臓器がんを発症しやすくなる。
そのうち最も頻度が高いものにリンチ症候群(HNPCC)がある。大腸がんや子宮体がんなどの発症リスクが高まる疾患だ。日本の大腸がん患者総数は約23万人だが、このうち1~5%がリンチ症候群だという。その多くは40代前後に発症し、多発することもある。
恐ろしい疾患だが、がんが大きくなる前のポリープ段階で、そのたびに内視鏡で取り除けば重大事は避けられる。埼玉県立がんセンターでは、リンチ症候群が判明した人には年1回の大腸内視鏡検診、女性にはさらに1~2年に1回の子宮体がん検診を勧めている。
これらの遺伝子診断の役割は、「遺伝性がん」体質を確認し、適切な予防を実施すること。一般的にみられるがんでは、残念ながらこうした予測はできないが、遺伝子とがん発症に関する解析がさらに進めば、より多くの遺伝性のリスクが明らかになるだろう。