最近はがん治療技術の進化で、がんであることを告白後、復帰する著名人・有名人も増えてきた。現在、最も進んだ治療法とはどんなものだろうか。

「白血病=不治の病」は過去のものに

図1.2000年前後から「分子標的薬」が使われ始める
図1.2000年前後から「分子標的薬」が使われ始める

2人に1人が生涯に一度はかかる病気――がん。罹患率は依然、上昇しているものの、75歳未満のがん死亡率は緩やかに低下している。その背景には早期診断・治療の浸透のほか、近年、猛烈な勢いで開発されてきた「分子標的薬」(後述)をはじめとする、がん薬物療法の進化がある。

抗がん剤の第一号は、第一次世界大戦で毒ガス兵器として使用されたマスタードガス由来の薬で、1946年に悪性リンパ腫(血液がんの一種)患者に投与され効果が確認された。その後、代謝拮抗薬(がん細胞のDNAなどの合成を妨害して増殖を抑制する薬)などの抗がん剤が相次いで登場、60年代には、複数の抗がん剤を組み合わせる治療法で血液がんの治療成績が向上した。

固形がん(血液がん以外のがん)についても、70年代に登場したシスプラチンの効果が証明され、薬物治療は手術、放射線と並びがん医療の一翼を担うことになった(図1)。

A.トラスツズマブ(製品名ハーセプチン)の登場で、がん薬物療法の歴史に新たな1ページが加わった

A.トラスツズマブ(製品名ハーセプチン)の登場で、がん薬物療法の歴史に新たな1ページが加わった

しかし、当時の抗がん剤は、薬が効きはじめる量と、副作用が発生する量の差が小さく、強い副作用が避けられないという欠点があった。そこで研究者は正常細胞を損なわず、がん細胞のみを攻撃する薬の開発を目指した。

2000年以降、注目を集めてきた分子標的薬は、こうした背景のもとで誕生した。薬の開発の段階から、がんに特徴的な分子を標的とし、がんの増殖(勝手に分裂する)、浸潤(近隣の他の組織を侵す)、転移(遠くの臓器に勢力を拡大する)の仕組みを断ち切るようにデザインされているため、重い副作用が少ない。

B.イマチニブ(製品名グリベック)の圧倒的な有効性は、分子標的薬のなかでも群を抜いている

B.イマチニブ(製品名グリベック)の圧倒的な有効性は、分子標的薬のなかでも群を抜いている

国内で01年に承認されたトラスツズマブ(製品名ハーセプチン・写真A)は、がんの増殖に関わる「HER2(ハーツー)タンパク」の働きを阻害し、がんの増殖を抑える分子標的薬だ。乳がん患者の2~3割を占めるHER2陽性患者は、従来は治りにくく、「運の悪い乳がん」だと言われていた。ところがトラスツズマブの登場で一転、「運のいい乳がん」となったのだ。

<strong>西山正彦</strong>●埼玉医科大学先端医療開発センターセンター長・教授

西山正彦●埼玉医科大学先端医療開発センターセンター長・教授

また、03年に慢性骨髄性白血病の治療薬として承認されたイマチニブ(製品名グリベック・写真B)は、臨床試験で95.3%の患者が完全寛解(白血病細胞が血液や骨髄の中から姿を消した状態)という効果を示した。従来型治療の成績は55.7%だったから圧倒的な成績だ。その後の追跡結果でも、5年生存率は実に95%以上。イマチニブの登場により、「白血病=不治の病」というイメージは一変した。分子標的薬が「夢の新薬」と持てはやされたのもこの時期である。

しかし、その後続々と世に出た分子標的薬は、必ずしも期待された治療成績をあげることができずにいる。埼玉医科大学先端医療開発センター長の西山正彦教授は「比較的シンプルな血液がんとは違い、多種多様な固形がんの増殖・転移システムはまさにカオス。非常に仕組みが複雑なため、1つの経路を遮断すればすべて解決、というわけにはいかない」という。現状では、分子標的薬だけで、固形がんの縮小・消失を狙うにはパワー不足。従来の抗がん剤と組み合わせて使用されることが多い。