もとは単に耳が聞こえないだけの問題だったのが、言語習得に失敗したがゆえに、うつになったり、非行に走ったり、知的障害の疑いを持たれる人もいる。近年、日本企業も障害者枠を設け、ろうの人たちを雇用する動きが出てきたが、実はそのような企業からも相談の電話が明晴学園にかかってくる。障害者枠として採ったはいいが、まったくコミュニケーションができず、どうしたらいいかという相談だ。だがそれはきちんとした言語教育を受けられなかったために起こる問題だと説明するしかない。

耳の聞こえない子の9割は、健聴者の両親から生まれる。遺伝以外にも出生時のトラブルや細菌感染など、聴覚を失う原因は1つではない。わが子の耳が聞こえないとわかったとき、多くの両親は医師から勧められるままに人工内耳の手術を受けさせるが、視覚とは違い劇的な改善にはつながらない。「やはり、大切なのは手話教育だ」と斉藤氏は強調する。

人間はおよそ5歳になるまでに何らかの言語に日常的に接しないと、生涯にどの言語もネーティブ並みに操ることが不可能になることが、言語学の研究で明らかになっている。なにより手話を禁ずることは、ろう者から独自の言語やアイデンティティを奪うことにもなる。

「耳の聞こえる子は、『耳が聞こえるんだからしっかりしなさい』とはいわれません。でも、ろうの子たちは物心ついてからずっと、『耳が聞こえないのだから、しっかりしなさい。ほかの子より勉強しなさい』といわれ続ける。裏を返せば『聞こえないままではダメなんだよ』というメッセージにもなる。私は『君たちはそのままでいいんだよ』と、子どもたちを育てたい。そこらへんの子たちと同じく、勉強して騒いで笑って、元気に遊びまわっている。唯一違うのは、日本語ではなく手話という別の言語で会話していること。ここは障害者学校というより、一種の外国語学校なんです」

(奥谷 仁=撮影)
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