なぜ「皿を割れ」と言い続けるのか
【塩田】知事の仕事は、第一に選挙で県民の支持を獲得して活動する政治家の一面、第二に路線や政策プランを打ち出し、実現するというプランナー兼政策実行者、第三に地域の未来、地方自治のあり方、国と地方の関係などについて提言するオピニオンリーダーという役割があると思います。第四は県庁の内部をコントロールするという行政組織のトップリーダーという仕事です。県庁の組織改革や職員の意識改革にも手を着けたのですか。
【蒲島】私は、組織を全部変えなければうまくいかないとは思いません。与えられたスタッフの中で最大限にやる。無理に組織改革はしません。局長ポストの設置など、いくつかやったことはありますが、抵抗を受けたことはありません。大学のゼミみたいに職員と接するので、リーダーシップの面でも説得型です。労働組合と対峙するといった経験はありません。給料カットも自ら行ったので、職員のみんなもやってくれたのだと思います。
県庁は平等主義なので、特定の職員だけ褒めるカルチャーではありませんが、それはおかしいと思って知事表彰「蒲島賞」をつくり、優れた職員やグループを顕彰する制度を設けました。たとえばくまモンを推進したくまもとブランド推進課がグランプリを取りました。でも、そういう派手なところだけではありません。税金の徴収率を高めるために、職員が宛名を手書きで書き、それで具体的な成果が出た事例があり、その場合も、グランプリの次の賞を受賞しました。
私は「誉める、怒らない、説得する」を心がけています。それから「皿を割ることを恐れるな」といつも言っています。一所懸命、皿を洗う人は失敗して割ってもいい。一番悪いのは皿を洗わない人です。皿を割れ、つまりみんなで挑戦しようと言っています。くまモンも、公務員からすれば挑戦です。失敗したら何を言われるかわからないし、おカネもかかります。
私は意識して職員をコントロールすることはやりません。人事を通してコントロールしようと思ったことはありません。
【塩田】知事選出馬以後、ここまでの約7年間で一番辛かったことは何ですか。
【蒲島】1回目の選挙のとき、県民のために頑張ろうと思って選挙戦を戦っていて、唾を吐きかけられたことがありました。一生で初めてです。自分は一所懸命やっていても、必ずしもすべてが歓迎されるものではない。そのとき初めて政治の厳しさがわかりました。
知事就任後では、川辺川ダムのほかに、もう一つ、荒瀬ダムという大きなダムの撤去のときが辛かったです。前知事のときに撤去が決まっていたのですが、撤去に90億円くらいかかるというのです。財政再建に取り組んでいるとき、すぐ撤去すれば電力会社からおカネが入ってこなくなるし、今は電力も必要とされているので、もう少し財政的に余裕ができたときに撤去すればいいのではないかと思い、就任後2~3カ月のとき、方向転換しました。
その頃までは、理論的に正しければやれると思っていました。ところが、政治はそうではありません。撤去してほしい、昔の川を取り戻したいというものすごく深い思いがあるわけです。その深い気持ちに気づかず、それに応えることができませんでした。それが辛かった。実際は民主党政権下で、国土交通省と環境省が一定の補助をしてくれることになりました。そのような支援を活用しながら、現在、ダム撤去工事を進めています。