タイミングが良かったオフポンプ手術の導入
今思えば、私がオフポンプ手術を導入したタイミングも良かったのだと思います。現在は、あの当時より、病院内での医療安全、新しい技術を導入するときの倫理審査などは格段に厳しく、特に外科の分野では新しいことを試みるのが難しい面があります。もちろん、オフポンプ手術を導入したときにも、患者さんとそのご家族にはきちんと説明をしてインフォームド・コンセントは取っています。しかし、今のように何か少しでもミスをしたら病院の存続さえ危うくなるという時代ではありませんでした。あの頃は、患者さんの側も「とにかく先生にお任せします」という風潮が強く、新しい技術を試しやすい雰囲気があったのです。
現在は、何事にもエビデンス(科学的根拠)が重んじられ、救命目的の外科治療であっても、患者さんを無作為にグループ分けし、従来の技術と新技術とを比べて科学的に好成績であることを証明しない限り、なかなか新技術の価値が認められません。私自身は、オフポンプ手術に関しても正確にデータを取るように心がけましたが、現在なら求められるような厳格な臨床試験を実施したわけではありませんでした。科学的根拠を重んじる現代の風潮を否定するつもりは毛頭ありませんが、ある意味外科治療は、外科医が工夫と経験を重ねることで発展してきた歴史があります。オフポンプ手術は、科学的根拠や医療安全が声高に言われるほんの少し前の時代の最後のほうに確立され急速に広まった新技術だったように思います。
オフポンプ手術のデメリットは、人工心肺を使った従来型の手術よりも難度が高いため、術者による差が出やすいことです。冠動脈は他の血管に比べれば太いのですが、動いている心臓の血管の表面にある直径2ミリほどの血管を縫う手術ですから、止まっている心臓を縫うのより難しいことは想像していただけると思います。この手術には、従来型の手術よりも豊富な経験とスピーディに手術を進めることが求められます。
手術は牛丼屋と同じと言ったら不謹慎かもしれませんが、私は、「はやい、安い、うまい」手術を心がけています。オフポンプ手術に限りませんが、手術時間が短く早くうまく進めたほうが患者さんの心臓や全身への負担は少なく、結果的に合併症も少ないので入院期間も短く医療費も安くて済むからです。
タイミングを逃さず、あの時いち早くオフポンプ手術に着手し、標準的な手術法として確立したうえでさらに技術を磨いてきたことで、陛下の手術を任せていただけ、今の自分があると実感しています。
順天堂大学医学部心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。