1年10カ月で支店から本社に帰還

しばらくは誰も口をきいてくれなかった。

しかし私が支店内で認められるのに、さほどの時間はかからなかった。きっかけは、同じ年の6月に横浜で開かれた全国の昭和シェル石油特約店の大会だ。この年は、仙台支店が幹事支店であった。当社の社員も含めて約1700人が参加し、SSの顧客満足度と清潔さの向上をサポートした仙台支店の事例発表も行われる。そして、その発表者は慣例として支店次長が務めるという。

ところが、支店の販売促進課長が用意してくれた発表用のドラフトにインパクトがない。目的とプロセスが明瞭ではなく、結果の判断基準も曖昧だ。何より、壇上で話すからには、心のこもったものでないと、聴く人も感動しない。私は全面的に書き換え、仙台支店を例に他支店にも応用できる成功への手引きとして発表。持ち時間の1時間30分をフルに使い切り、拍手喝采を浴びることになった。大言壮語はするが、ピシッと役割も果たす。これで周囲の私を見る目も変わった。

仙台勤務も1年半を過ぎ、東北の秋が深まった時期に、当時会長だった新美春之さんが特約店の会合に出るために来県。その合間に支店に立ち寄った。その際、支店内にいた管理職数人に対して石油業界の現状と今後の見通し、それにもとづく当社の戦略を雑談的に語ってくれた。私はいいチャンスだと思い、日頃の持論である本社・支店を含めた経営体質のスリム化を旨とした組織改革の必要性を新美会長にぶつけたのである。

新美会長にしてみれば「仙台に面白いヤツがいる」と思ったのかもしれない。翌96年の正月2日、自宅でくつろいでいると「お前、休み明けから本社に戻れ!」という電話をもらった。しかも驚いたことに、口頭での辞令は「本社に変革推進本部を設ける準備チームのメンバーだ」というものである。仙台での進言が、さっそく形になって表れたのだ。「わが意を得たり」とはこのことだろう。1年10カ月という短い期間で本社に帰還。2月には同本部リーダーを拝命することになった。

香藤繁常(かとう・しげや)
1947年、広島県生まれ。県立広島観音高校、中央大学法学部卒。70年シェル石油(現昭和シェル石油)入社。2001年取締役。常務、専務を経て、06年代表取締役副会長。09年会長。13年3月よりグループCEO兼務。
(岡村繁雄=構成)
関連記事
なぜ、「仕事つまらない」と愚痴る人ほど自宅で仕事するのか
任される人、放置される人……二極化が進む理由
超訳! ハーバードのポジティブ心理学
常に自分より優れた人間とつき合う努力をしているか
ポジティブな言葉を選ぶだけで、説得力は倍増する