フラットなチームづくりがイノベーションを生む
【田中】ところで、窪田さんは、日本では起業できないと思ったからアメリカでされたのですか。
【窪田】そういうわけではないんです。ワシントン大学在籍中に研究成果をもとに、ワシントン大学のお膝元で起業したので、日本で起業するしないを考えたことは毛頭なかったんですよね。最初の1年は、ワシントン大学から許しを得て助教授と起業家の二足のわらじをはいていましたし。
アメリカはサイエンスの最先端国家でもあるので、さまざまな分野の研究者が集まって切磋琢磨しているんですよね。仮に私が日本で研究をしていたとして、そこから起業をするにしても、アイデアと資金は確保できたかもしれません。ベンチャー企業そのものの体質も、アメリカと同じように日本も意思決定が速いと思います。でも、人材確保という面で雇用の流動性の高いアメリカにはおよばないのではないかと思います。
新薬の開発にしても世の中に存在しないものをつくり出すためにイノベーションを生み出す環境って非常に大切なんです。アメリカの場合は医者も、製薬企業の研究者も、まったく対等なんですね。日本だと製薬会社の研究者の人は大学の医者と肩書きの付いている人に対して、そう簡単にものを言えないというか、遠慮をしているという社会的な風習があるように見えるんです。
田中さんは開発で大学の研究者とプロジェクトをご一緒されていらっしゃいますが、実際どのように感じていらっしゃいますか?
【田中】確かに医者が権威であり絶対だという雰囲気を感じることはあります。年功序列ではないのですが、人によっては対等なパートナーシップを築くことは難しいと感じたこともありました。私は産学連携においては、フラットなチームであることがイノベーションを起こすためには必要だと考えているのですが、その環境づくりを許さないバリアがあるような気はします。
【窪田】本当にフラットな関係でないと言いたいことも言えないし、アイデアを持っている人がだんだん発言を慎むようになってしまう。さまざまに異なる意見を持った人たちが丁々発止とやりあっているときに、突拍子もないことがボッと生まれることってあるじゃないですか。決して自分ひとりでは生みだせないこと。経営者であれ医者であれ研究者であれ、対等にやれたらもっともっとイノベーションは起こるのに。これは任せられないとか、それはダメだとか、一方的に物事を片付けることが許されるようでは限界がありますよね。
【田中】その通りだと思います。ありがたいことに、これまで「JINS PC」や「JINS Moisture」の研究でお世話になってきた慶應義塾大学医学部眼科学教室の坪田一男先生や、今回「JINS MEME」の研究開発を一緒にさせていただいた東北大学加齢医学研究所の川島隆太先生には、そういった難しいことに悩まされることはありませんでした。このプロジェクトに関わる他の先生方も同様です。医学部の教授が、一介のメガネ屋の社長に、対等に対応・協力してくださる。そのおかげでイノベーションが起きたのです。
【窪田】私も坪田先生のことはよく知っているんですけど、異質なものを受け入れることがイノベーションを起こすために必要だと考えておられる。実は、慶應義塾大学の医学部では企業のCEOが客員教授になることってなかったんです。その前例がなかったことを実現するために、大変な努力をされて粘り強く長期に渡る交渉をしてくださいました。私が客員教授になれたのはそのおかげにほかなりません。大学でイノベーションを起こしたいという、坪田先生の意欲と行動力、持ち前のリーダーシップがあったから実現したことだと思います。
そうやってアカデミアの世界も変わりつつあるのかもしれませんね。アカデミアの権威と新しい市場を開拓するパイオニアがイノベーションを生む産学連携は、どんどん活性化していけると思います。